椿さんが見学した、ロンドンのRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の卒業制作展では、学生が自作の前でプレゼンし、気に入った来場者は購入していくということが当たり前のように行われているという。

 この仕組みを京都造形芸術大学でも取り入れたところ、大きな反響を呼び、昨年度の卒業制作展では800万円もの売り上げにつながった。

「日本の大学では極めて珍しいことです。作品が売れる経験は作り手にとって大きな喜びになります。同時に一般の人にとっては、アートをより身近なものに感じてもらえる機会になるはずだと考えています」(椿さん)

 椿さんをプロデューサーとして2011年に始まった「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」も、こうした取り組みとコンセプトは通底している。

 室町や江戸時代、大名や寺社に生活を支えられ、作品を描く「お抱え絵師」たちがいた。優れた絵師は創作に没頭できる環境下で頭角を現し、後世まで残る数々の傑作が生まれた。同プロジェクトはその方法を現代に復活させようというものだ。若い絵師は年単位で寺に住み込み、襖絵を仕上げる。京都の妙心寺退蔵院の松山大耕副住職と椿さんが中心となって動き出し、現在、京都造形芸術大学OGの村林由貴さんを描き手として進行している。椿さんは話す。

「効率ばかりが重視される時代だからこそ、不便益であるアートが必要なのだと思います。不便益が挟まれることでバランスが取れるはずです」

 芸術作品は一朝一夕で生まれるものではない。一見、回りくどいようなやり方でも、確実なシステムの構築で作家を育み、優れた創作が後の世まで伝承される。最新のアートをめぐる風が、不便益の地、京都で起こっていることは必然ともいえるのだ。(ライター・近藤雄生)

AERA 2017年11月20日号