高校生でも「一家を背負う」重圧… 困難を起業につなげたベンチャー社長の高校時代 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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高校生でも「一家を背負う」重圧… 困難を起業につなげたベンチャー社長の高校時代

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羽根田真智AERA#教育
久保田雅俊(くぼた・まさとし)/1982年生まれ。総合人材サービス会社「インテリジェンス(現パーソルキャリア)」を経て企業(撮影/慎芝賢)

久保田雅俊(くぼた・まさとし)/1982年生まれ。総合人材サービス会社「インテリジェンス(現パーソルキャリア)」を経て企業(撮影/慎芝賢)

 高校選びで重視すべきものは何か――。困難を乗り越えて成功した起業家たちは、思春期に何を大切にしてきたのか。プロフェッショナル人材のシェアリングサービスを運営するサーキュレーションの社長・久保田雅俊さんに話を聞いた。

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 偏差値が高いという理由だけで親に決められた進学先には行きたくない。高校では勉強以外の道も見つけたい。そんな気持ちで選んだのが、市内で上から2番目の富士東高校です。富士市トップの県立校は父の出身校であり、後に弟、妹も通うわけですが、そこには絶対に行きたくありませんでした。「長男は東大」と考えていた父親からは徹底反対をされました。

 いわゆる詰め込み型教育へ疑問を抱き始めたのは、比較的早い段階です。京都大学哲学科卒の父親は塾を起こし、ビルまで建てた地元の名士。母親も塾講師で、家は塾の上にありました。夏季、冬季講習時期には元塾生の東大、京大をはじめとする有名大学生がたくさん講師バイトとしてやってくる。でも父親も大学生も僕の目には輝いては見えませんでした。「大学の偏差値は将来の可能性を広げる」と父親は言うのですが、それはある意味正しいところもあると理解していたものの、詰め込み教育をされるなんて思春期の無駄だと感じていました。それより僕はカルチャーに興味があった。勉強だけにとらわれずに済む、自分の学力との間にバッファ(余裕部分)のある高校であることに意味がありました。

 母校では素晴らしい友達との出会いがありました。当初一匹狼的な存在だったのですが、ポリシーや自分のスタイルを貫くタイプの人たちと出会い、親しくなることができました。校外の友達と大勢を集めて音楽やカルチャー系のイベントをやりました。「こう生きたいんだ」という譲れないものがある人は、若いうちは生きにくいかもしれないけど、それが人と合わないからといって悩まなくていい。自分のスタイルを貫けばいい。そうすれば本当に会うべき人間に出会えると伝えたいですね。


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