「とにかく、泳ぐシーンが多かったんだ。大きな船が近づいてくる中を逃げる場面では、いろんな方向から銃弾の音や人の叫び声が聞こえてきて、カメラがどこにあるのか、そのカメラが回っているのかどうか、何が起こっているのかわからないまま、無我夢中で演技したよ」

 と実際の戦争さながらの撮影を振り返った。

●常に見守ってくれた人

 第2次大戦で英国は最終的にドイツに勝利したが、40年5月時点ではドイツのほうが圧倒的に優勢だった。この映画のもうひとつの見どころは、絶望的な状況にあった英仏軍を背後から市民が救ったという事実。戦争映画と言えば勝利の偉大さや戦場の過酷さを描く英雄伝的なものが多いが、「ダンケルク」は戦争映画というより、むしろ市民の貢献に焦点をあてた普遍的な人間ドラマなのだ。

 そもそもノーラン監督の大ファンだというハリーだが、撮影現場では大スター「1D(ワンディー)のハリー」として優遇されることはなかった。他の候補者たちと同様にオーディションを受けてこの役を獲得。監督は音楽の世界での彼の活躍をまったく知らなかったという。その監督との撮影について、ハリーは言う。

「監督は、常にそばにいて見守ってくれた。だから自然な演技ができたし、力みすぎることもなく、初めてのせりふ、初めての演技も躊躇(ちゅうちょ)なく出てきた。思い出は、撮影初日に監督に、『おめでとう。いま、初のクロースアップの撮影が完了したよ!』と言われたことかな。気がつかないうちに自分がそんな演技をこなしていたことに感激したんだ。思わず涙があふれたよ(笑)」

(ライター・高野裕子)

AERA 2017年9月11日号