コンサートに話を戻そう。クライマックスとなった「ボレロ」は、同じような旋律が何度も繰り返される間に、様々な楽器が少しずつ加わり、力強さを増していく。その熱量に合わせ、AIドラマーのバチの振りも力強くなっていった。

 オーケストラ奏者も整然と座っているわけではない。エアスカウターと呼ばれる片目用の白い眼鏡型端末を装着。目線の先の小画面に楽譜が映し出される仕組みで、奏者は譜面台にしばられずに自由にステージ上を闊歩しながら演奏する。最後の旋律が鳴りやむと、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

「よくわからなかったけれど……でも、なんだか迫力があってすごかった」

 終演後、60代の女性が語った素直な感想が、この演奏会のすべてを物語っているようだ。

●名ピアニストが“復活”

 コンサートで中心となった藝大とヤマハは2015年から連携する。昨年は、ヤマハが開発したオーケストラの演奏テンポに合わせて弾き方を変えるAI搭載のピアノを使った共同プロジェクトを実施した。名ピアニストだった故スヴャトスラフ・リヒテルの演奏データを読み込ませ、世界的に名高いベルリンフィルとの合奏も成功させた。藝大の松下功副学長はこの時、あるコントラバス奏者の男性からこう声をかけられたという。

「AIに読み込ませた演奏は、1970年のものだろう? 当時、僕の師匠がリヒテルと一緒に演奏したことがあるんだよ」

 その奏者が使うコントラバスは師匠から譲り受けたもの。「僕の楽器も当時の演奏を“覚えて”いるような感じがあるんだ」と打ち明けてきた。

 AIピアノもノッていたようだ。松下副学長は言う。

「本番に向け練習を重ねるうちにピアノの演奏もよくなり、AIピアノと奏者の心も通じてきた。団員たちは途中からはAIピアノのことを『リヒテルさん』と呼び、愛情を持って演奏してくれました」

 AIが人の心を本当に理解するわけではないが、ペット同様、人がAIに「理解されている」と感じれば、“心が通じた演奏”は可能になるのかもしれない。今回の「憂飼」でも手応えあり。田邑部長は「AI奏者は人のアシスタントから、今や人の演奏に合わせて合奏できるパートナーと言える段階にまでなってきた」とする。

 これから開発が進めば、AIが人間の演奏を高める「先生」と呼べるような存在にまで進化する可能性もあるとか。人とAIとが協調し、共鳴する。まだ遠いと思っていた“未来の音楽”が、すぐそばで響き始めている。(編集部・市岡ひかり

AERA 2017年9月4日号