●見る人を驚かせたい

 アルチンボルドが活躍したのは約450年前。確固たる記録はなく、「答え」は諸説ある。

「本当の答えは誰にもわかりませんが……」

 と前置きして、素朴な疑問の謎解きをしてくれたのは、「アルチンボルド展」の監修者で、美術史家のシルヴィア・フェリーノ=パグデンさんだ。

「見る人を驚かせたいという思いは強かったでしょう」

 例えば、ウィーンに渡ってまもなく制作を開始した春、夏、秋、冬がテーマの「四季」と、大気、火、大地、水がテーマの「四大元素」というシリーズ作品。≪春≫には80種類以上もの草花が、≪水≫には60種以上もの海洋生物が描かれている。また≪夏≫には、当時ヨーロッパに渡ってきたばかりのナスやトウモロコシなど、貴重な野菜も登場している。

 当時の人々にとっては、さながら「最新いきもの図鑑」とも言える肖像画だっただろう。

 フェリーノさんは言う。

「アルチンボルドはそれらを熱心に観察し、スケッチして、寄せ絵にして描きました。多種多様な生物や作物が息づく、宇宙の縮図を見せたかったのではないかと考えられています」

 ただし、この手法を皇帝の肖像画に用いることには、若干の迷いもあったらしい。皇帝を称える肖像画のはずなのに、一見すると奇怪な絵。当初は、「繰り返す四季と同じように、皇帝の統治は永遠に続く。その統治の下で動物や植物は平和に暮らす」などと、寄せ絵の趣旨を説明するかのような内容の詩を添えて贈っていたという。

●希代のアイデアマン

 アルチンボルドは、宮廷画家として宮廷内での舞台演出や儀式を取り仕切り、はたまた工学的知識を生かして噴水のデザインまで手がけてマルチに活躍していたこともわかっている。開幕直前の「アルチンボルド展」内覧会に来ていた40代のコピーライター氏はこう話す。

「現代の広告業界でも活躍しそうな、希代のアイデアマン。寄せ絵の肖像画をひらめいた瞬間、ガッツポーズをしたんじゃないか、という気がしてなりません。ヨッシャーってね」

 何コレ?と、近づいたり遠ざかったり。そうして絵のナゾにアプローチするのが、アルチンボルドの正しい鑑賞方法だ。
「アルチンボルド展」の会期は残り1カ月。絵の前に立つだけであなたも、人の顔の形をした、ちょっと楽しいアルチンボルドの小宇宙の住人になれる。

(ライター・福光恵)

AERA 2017年8月28日号