「彼が提出した“琉球弧”という視点。この功績だけでも島尾敏雄は歴史に残ると思います。奄美から宮古、先島諸島にいたるまで日本列島全体が大きなアーチを描いていて、これを“ヤポネシア”と捉える見方。本当に素晴らしく、心から共感します」

●ヤポネシアの視点

 ヤポネシアの視点(まさに遠景だ)が戦後の島尾敏雄によって形成されたとすれば、昭和20年のミホの世界はあくまで加計呂麻島の中の押角集落にのみ存在した。2人の自伝的小説をベースにした映画「海辺の生と死」に出演している満島ひかりさんが「どこかお芝居がかっている」と表現した2人の関係について、梯さんはこう考える。

「あの極限状況では、正気を保つためには自分たちを虚構化し、神話化するしかなかったんじゃないかと思います。そして大事なのは、片方だけではなく、2人ともそれをやる能力があった、ということです」

『狂うひと』は、その徹底的な資料の読み込みと事実の検証により、一部で「聖女」扱いされてきたミホの偶像破壊をなしとげた。しかし、そこまで明らかになってなお島尾ミホと島尾敏雄の存在とその作品は一層魅力を増す。戦争と日常と、二つの「地獄」を生きた2人は、息苦しいまでの近景と、その向こう側にある「夢」のような日々を、「島」を描き続けた。
 今、新しい映画の到着とともに、再び2人の作品を読み直す機会がめぐってきたようだ。(ライター・北條一浩)

AERA 2017年8月7日号