午後5時ごろの帰宅後は、翌日に売るためのゼリーやケーキなどを午後10時ごろまで作り続ける。出費がかさむ外食や娯楽はあきらめている。そもそも夜間は殺人などが怖くて出歩けない。食事は一日平均2食。朝と昼の間に、トウモロコシ粉を使った生地にチーズなどをくるんだ伝統家庭料理「アレパス」を食べ、昼と夜の間にコメやパスタを食べる。鶏肉などを時々食べるのが楽しみだが、それができるのは月に計10日くらいだ。

「育ち盛りの息子に十分な食べ物を与えられないのが悲しい。息子の将来を考え、多くの人がそうしているように、国外へ逃げる選択肢もあるが、それには資金が必要だ。国の権力者は国民の生活を守ってくれない」

 経済だけではなく、政治も混乱を極めている。マドゥロ政権下、無理な価格統制や主要輸出品である原油の価格下落が経済の悪化を招いたと言われているが、その対応に国際社会が介入することを極度に嫌い、国際支援や協力を得る環境にはない。

●心の澄んだ人たちの国

 15年12月の総選挙で3分の2の議席を獲得した野党との間では政治対立が激化し、今年4月以降、反政権デモが各地で発生。欧米メディアによると、治安部隊との衝突などで、これまでに少なくとも70人が死亡している。その状況を米ニューズウィーク誌は「ほぼ内戦状態」と描写している。

「生き続けるため、毎日が戦いだ。教育や医療なども機能していない。国民の生活を尊重しない政権が全ての元凶だ」とガブリエルさん。それでも希望は捨てていない。日本の人たちにぜひ伝えたいことがあるという。

「危機に直面し、悪い印象ばかりが目立つが、私の母国は本来、美しい自然に囲まれ、心の澄んだ人たちが暮らしてきた国だ。この国の人々の良心が、いつか本来の国の姿を取り戻す原動力になると信じている」

 年率2%のインフレ目標も達成できない日本にいると、物価が何十倍にもなるようなハイパーインフレが現実に起こりうること自体に驚く。人々の苦しみは想像以上だろう。それだけに欧米では深刻な問題として頻繁に報じられているが、日本ではあまり取り上げられない。

 日本と関係がない国ではない。日本の外務省によると、同国へは日本企業22社が進出し、昨年10月現在で409人の在留邦人がいる。危険を覚悟してまで実名で取材に応じてくれたガブリエルさんの勇気に応えるためにも、ベネズエラ国民が直面する窮状に、日本でも関心が高まることを願う。(編集部・山本大輔)

AERA 2017年7月31日号