AERA 2017年7月31日号より
AERA 2017年7月31日号より

 わずか数年で物価が何十倍にも高騰する社会。南米の国ベネズエラで、人々は今、「ハイパーインフレーション」に苦しんでいる。ある家族の日常を追った。

 世界一の原油埋蔵量が確認されているベネズエラは、天然ガスや鉄鉱石などにも恵まれた資源大国だ。ギアナ高地のエンゼルフォールに代表される美しい自然でも知られる。そこで暮らす人々が今、すさまじい物価上昇が続く中で、毎日の生活を維持するのに必死になっている。

「独善的な政治による混乱と、ハイパーインフレーションによる経済危機が、国民を追い詰めている。お金がない。食べ物がない。治安も極度に悪い。人々の道徳心すらも消えていく。信じてきたあらゆる価値観が失われていく」

 そう嘆くのは、ガブリエルさん(48)。販売員として働くショッピングセンターがある首都カラカスから約20キロ離れた町で、妻と15歳の息子とともに暮らしている。

●日本の人に伝えたい

 今回、筆者はSNSを通じて、ガブリエルさんを取材した。米国に住む共通の友人から紹介されて知り合った。同じく接触を試みた他のベネズエラ人たちは、「政府のスパイが取材と偽っているのではないか」「話すこと自体が危険」などとして取材を拒否。それでもガブリエルさんは「国民の窮状を日本の人たちに伝えたい」として、ファーストネームだけの開示を条件に応じてくれた。

 ガブリエルさんの朝は早い。首都へつながる自動車道の交通渋滞がひどいため、午前5時には車で自宅を出発。妻はカラカスの教育施設で午前7時に始業、その施設が関係する学校に息子も通っているため、毎朝2人を送っている。自身の仕事が始まる午前10時までは、市場へ寄り、副収入のために毎晩自宅で作っているゼリーやケーキを売る。休日には、車磨きなどをしてさらに副収入を得ている。

 それでも妻とあわせた収入は月約60万ボリバル。公式レートでは1ドル=10ボリバルだが、ガブリエルさんによると、実際の市場では1ドル=7千~8千ボリバルの闇レートが妥当だという。その計算だと、ガブリエル家の月収は80ドル前後。日本円で1万円以下の価値にしかならない。

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