●幼少期に本物に触れる

 前出の來住さんは以前、TBSプロデューサーとして音楽や街づくりの企画などに携わった。墨屋さんは野村総合研究所のコンサルタントだった。2人とも異業種だが、仕事の上で重視していたものは共通していた。

「今回のアートフェア東京は東京ガールズコレクションとコラボレーションしましたが、身近なファッションを突き詰めた先にあったのは“美”でした。自分から生み出す“美学”がファッションで、外から誘われる“美学”がアート」(來住さん)

 一方、墨屋さんもITやプログラミングの世界においても“美”があり、「お客様を感動させたいという価値観で働くと、その人の哲学や美学が磨かれ、仕事の成果にも反映されると思います」と言う。

 では、なぜアートは教養レベルにとどまってしまうのだろうか。來住さんは子どもの教育にヒントがあると考える。

「私自身、一般的な家庭で育ちましたが、一年に1度は相撲、歌舞伎、宝塚などに連れていってもらいました」

 幼少期から、本物に触れることで感性が養われると來住さんは考える。例えば3万円と3千万円の絵画とでは何が違うのかなど、作品の美しさだけではなく、社会への影響力について自由にディスカッションできる環境があったかどうか。

 10年後にはアートのハードルが低い世の中にしたいと願う來住さんは、「最後は美しいものが残ると思います。これからのアートと教育を変えていきたい」と言う。

 近年では美術館や芸術祭に多くの人が訪れる中、ギャラリーに足を運ぶ人はまだ少数派だろう。作品の購入意思が固まっていない中ギャラリーを訪問したら門前払いをくらうのでは、などと不安に思ってしまうが、「ギャラリーに来て、見ていただくだけでありがたいです。販売だけが目的ではないので」

 そう話すのはアール・ブリュット展などをプロデュースするFOSTER代表の杉本志乃さんだ。以前、東京・銀座の吉井画廊に勤務していた。ギャラリーを訪問したことがない人へのアドバイスとして、ギャラリーには2種類あることを知ってもらえたらと杉本さんは言う。

 一つが作家の新作を展示・販売するマザーギャラリー、もう一つはオークションで出展された作品などを扱うセカンダリーギャラリーだ。

 マザーギャラリーで作品を買うことのメリットは多数あると杉本さんは言う。例えば、購入後に額や自宅で飾る場所を提案してくれたり、今後コレクションをする上でのアドバイスをもらえたりすることも。アフターケアもあるため、作品を手放す際はギャラリーがその時の時価で買い戻してくれることもある。

 村上隆さん、奈良美智さん、草間彌生さんなどの著名作家の作品を1次流通で購入していた場合、元値より上がることはあっても下がることはないとか。「投資目的で購入する場合は、長いスパンで考えることと、作家の成長を見守り育てる気概がないと成功するのは難しい」と杉本さんは言う。

 価格についても、2次流通した場合は中間業者の取り分が上乗せされているので、結局マザーギャラリーで購入するのが一番お得なのだと言う。

「値段についてもどんどん聞いてほしい。ギャラリーにはプライスリストというものも置いてあります。購入は基本的に現金払いとなり、振り込みを確認してのお渡しとなるのでトラブルもほぼないです」(杉本さん)

 とは言え、芸術品の購入は決して安くはない。鑑賞者から購入者になった自営業の中山博喜さん(59)は、以前は「買う」という認識がなかった。しかし、アートを熟知した知人に「何で買わないの?」とさらりと言われた時、意識しだしたと言う。初めて作品を購入した際には激しい高揚感を覚えた。

「世界が広がりました。作家の方を応援し、育てていけるのもうれしい。ギャラリーには作家の方がいるのを見計らって訪問します」(中山さん)

 現在は鑑賞用として作品を購入しているが、将来的には投資にも興味があると言う。

●物を価値判断する力を

 芸術品の鑑賞と購入とでは、見る視点が異なるのか。アートディレクターであり、アーティストのヒロ杉山さん(55)は、前出の杉本さんとともに展覧会などのプロデュースをすることもある。他人の意見とは無関係に、本当にこの作品が好きかどうかを自分で判断することが現代社会に求められることだと話す。

「物の価値判断をすることが大切です。『ブランド品だから買う』という視点ではなく、その作品に15万円を払えるかどうか。それをぜひギャラリーに行って、自分でやってみてほしいですね」(杉山さん)

(編集部・小野ヒデコ)

AERA 2017年7月17日号