●独り歩きする数字

 たとえば米国疾病対策センターは「米国では毎年何千人もの人々が昆虫に刺され、少なくとも90~100人がアレルギー反応の結果、死亡している」と説明している。この数字はハチなども含めたもののようだ。

 神戸市のプレス資料に「米国で毎年100人以上が死亡」という記述はない。担当者は、そうした情報を提供したことはなく、「各社が自分で調べたのではないでしょうか?」と言う。環境省の資料にもない。「いくつかの数字があって、それらが『年間』なのか『これまで』なのか、私たちも確認できていないのですよ」(環境省外来生物対策室)

 東京都環境局の「気をつけて!危険な外来生物」というウェブサイトでは、北米では年間「100人以上の死者が出ている」と説明されている。その出典を問い合わせてみると、日本語の専門書2冊だという。それらには確かにそうした記述はあるが、その根拠となる論文などをたどることはできなかった。

 外来生物の問題に詳しく、メディアでヒアリについて解説し続けている昆虫学者にも尋ねてみたが、急な出張で対応できないので別の専門家に問い合わせてほしい、と今回は回答を得られなかった。

 米国での死亡数よりももっと重要なことは、ヒアリに刺されてしまっても、全員がアナフィラキシーショックを起こすわけではないということだ。その確率は0.6~6%と推測する研究もある。死亡率はもっと低いだろう。もし刺されても、激しい呼吸困難やめまいなどがすぐに起こらなければ、病院にはゆっくりと行けばよさそうだ。

 ヒアリを含む外来生物には人間への健康被害だけでなく、生態系や農業への影響という問題もある。人々へ注意を促すために不確実な情報を使って煽るようなことは、問題の本質を見誤らせる可能性がある。(サイエンスライター・粥川準二)

AERA 2017年7月10日号