BRAHMAN・TOSHI-LOW×THA BLUE HERB・ILL-BOSSTINO対談 震災から6年を経た日本を歌う理由 (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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BRAHMAN・TOSHI-LOW×THA BLUE HERB・ILL-BOSSTINO対談 震災から6年を経た日本を歌う理由

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田茂井治AERA#原発#東日本大震災
(右)TOSHI-LOW:1974年生まれ。BRAHMANのボーカリスト。2015年バンド史上初のベストアルバム「尽未来際」をリリース。3・11以降は精力的な支援活動を行う/ILL-BOSSTINO/1971年生まれ。札幌市が本拠地のヒップホップグループTHA BLUE HERBのラッパー。アルバムは「TOTAL」など。ヒップホップシーンのトップを走り続ける(撮影/写真部・長谷川唯)

(右)TOSHI-LOW:1974年生まれ。BRAHMANのボーカリスト。2015年バンド史上初のベストアルバム「尽未来際」をリリース。3・11以降は精力的な支援活動を行う/ILL-BOSSTINO/1971年生まれ。札幌市が本拠地のヒップホップグループTHA BLUE HERBのラッパー。アルバムは「TOTAL」など。ヒップホップシーンのトップを走り続ける(撮影/写真部・長谷川唯)

TOSHI-LOWが震災以降MCを始めたことに関して、言葉のプロであるILL-BOSSTINOは「トシロウは開花した。MCだけを集めた“MC集”を出してほしいぐらい(笑)」と話した(撮影/写真部・長谷川唯)

TOSHI-LOWが震災以降MCを始めたことに関して、言葉のプロであるILL-BOSSTINOは「トシロウは開花した。MCだけを集めた“MC集”を出してほしいぐらい(笑)」と話した(撮影/写真部・長谷川唯)

トシ:そういう現実を全部さらけ出して、それを受け止めたうえで、歌って踊ろうぜってね。

──政治的メッセージを歌にすることに抵抗はない?

ボス:「ラストダンス」は政治色が強い曲なのかなぁ。震災があって、原発が残っていて、政治も末期症状にあるけど、“そういう日常”を歌っているだけだから。もちろん、政治的なことを歌うのがタブーだなんて思っちゃいねぇけど。

トシ:ていうか、6年間こういう話をまったくしないできた人なんて馬鹿しかいないでしょ?

──トシロウさんとボスさんは一緒に被災地支援を?

トシ:一緒にやっていたわけじゃないんだけど、東京で福島に持っていくための物資を集めていると、何も言わずにボスが物資を送ってくれるんですよ。米だと普通は10キロとか20キロくらいじゃないですか?けど、ボスはほぼ「t(トン)」みたいな(笑)。届けてくれた佐川(急便)さんも多すぎて青ざめてた。

ボス:東北の被災地の人たちは、俺にとってトシロウたちの向こう側にいた。まず、実際に動いてる仲間のためにできることをやりたいなと思っただけで。

●一緒に酒も飲めん

トシ:震災後に俺らの仲間内で「東北ライブハウス大作戦」を立ち上げて、いろんなバンドマンと一緒に被災地にライブハウスをつくっていったんです。ボスがそこでもどんどん歌ってくれた。普通、ヒップホップってクラブじゃない?今年の3月11日も、一緒にいわき(福島)でライブをやったし。

ボス:でも、やっぱり今回一緒にやったときも痛感した。自分の曲で、ここに聴きにきている人たちに伝えるに値する曲が何曲あるんだ?って。トシロウたちが歌う曲は一語一句、何の無駄もなくその場の人たちにフィットしていて、脱線することもできる。だから、「俺はこの日にここで歌うにはまだまだだ。一緒に酒も飲めん」って思って、打ち上げも出ずに帰った……。

トシ:それで帰ったのか(笑)。

──震災から6年経って、変化を感じましたか?


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