“お公家”東芝と“野武士”日立 明暗を分けた企業文化 (2/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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“お公家”東芝と“野武士”日立 明暗を分けた企業文化

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片山修AERA#働き方#東芝
東芝と日立は、東京スカイツリーのエレベーターをつくった(撮影/写真部・岸本絢)

東芝と日立は、東京スカイツリーのエレベーターをつくった(撮影/写真部・岸本絢)

リーマン・ショック後に明暗が分かれた。過去最悪の赤字を計上する見通しの東芝と、過去最高益の日立(撮影/写真部・岸本絢)

リーマン・ショック後に明暗が分かれた。過去最悪の赤字を計上する見通しの東芝と、過去最高益の日立(撮影/写真部・岸本絢)

 今回の騒動で東芝会長を辞任した志賀重範氏は原子力畑出身。WH買収後に上級副社長として送り込まれ、後に同社長、会長を務めたが、WHの内情を把握できていたかは疑わしい。少なくとも東芝本社とWH間のパイプ役としては、不十分だったといえる。

 その“証拠”もある。東芝社長の綱川智氏が、志賀氏からWH子会社の巨額損失の報告を受けたのは、発表した昨年12月27日のわずか数週間前。本社とWHの意思疎通、情報共有はほとんど行われていなかったとしか思えないのだ。

 08年、私は当時社長の西田氏に「WHのマネジメントはうまくいっているのか」と尋ねた。すると、彼は自信満々の様子でこう答えた。

「むろん、うまくいっている。現地に日本人を派遣しているからね」

 現場の実情は、お粗末だったとしかいいようがない。

 2011年の東京電力福島第一原発事故によって、東芝の原発事業の経営環境は一変し、逆風にさらされた。しかし、ずさんな契約内容や危機管理、脆弱なガバナンスなどが原因で、完全にマネジメント不全に陥ったのも事実。その結果、WHは米連邦破産法11条の適用申請に追い込まれた。

 東芝自身も認めている。今年3月29日の記者会見の席上、綱川社長は、WH買収について「結果を見て振り返ると、非常に問題のある判断であったと思う」とコメント。背伸びして買収したWHは、フタを開ければとんでもない“お荷物”だった。海外M&A失敗の代表例となってしまったわけだ。

●東芝の武器は「調整力」 同じ重電業界でも企業文化は違う

 日立は原発事業を手がけているが海外展開は慎重に進める方針だ。一方でM&Aではなく自力で挑んだインフラ事業が成果をあげつつある。

 人口減などで国内の鉄道事業の成長は見込めない中、目指したのは海外。だが海外での鉄道事業の経験はゼロだ。1999年、日立は東芝のようにM&Aに走らず、鉄道事業の海外展開をたった一人の駐在員を英国に派遣することから始めた。


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