誰のための制度なのか。不毛な会話には苦笑するしかない。

 自らも苦境にありながら、2人の子どもを抱えるシングルマザーのケイティに付き添いフードバンクに向かうダニエル。子どもたちの食事を優先し、極度の空腹に陥っていたケイティが思わず缶詰をむさぼるシーンは、

「実際にグラスゴーであったことです」

 と監督。子どもを養うために売春するエピソードも実話だ。

「こんな話は以前からたくさん聞いていました。映画では、複雑で官僚的なプロセスをシンプルにしてストーリーにするのが大変だった。多くの証拠を集め、いかにみんながわかる物語に落とし込んでいくか。チャレンジでもありました」

●世界は重要局面にある

 とはいえ、リサーチから脚本完成までは数週間。キャスティングも撮影場所もすぐに決まった。撮影に要したのも5週間半。

「私が手掛けた映画の中で一番早かったんじゃないかな」

 とローチ監督は振り返る。

「『いまつづらなければいけない』とストーリーが要求してきたんだ。作業を進めれば進めるほど、そう明確に感じられるようになった。だって、何千何万という人が(政府の冷酷さに)影響を受けているわけだから。『いま』という緊急性が僕らを明確に後押ししてくれました」

 次回作は未定だが、世界で進む右傾化を憂う。

「重要な局面にあるのは間違いない。年々、人々の状況は悪くなっていく。行動しなければ、貧困も軋轢(あつれき)も増していくだけ。何より、地球がこれ以上生き延びられないと思っています」

 監督を突き動かすテーマは尽きることがない。(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2017年3月27日号