刑法改正案のポイント(AERA 2017年3月27日号より)
刑法改正案のポイント(AERA 2017年3月27日号より)
山本潤さん(43)/性暴力サバイバーとして、回復に何十年もかかる性暴力被害者の現実を著書『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)につづった(撮影/写真部・岸本絢)
山本潤さん(43)/性暴力サバイバーとして、回復に何十年もかかる性暴力被害者の現実を著書『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)につづった(撮影/写真部・岸本絢)
男性サバイバー(50代)/「『元に戻らないと』ではなく、生き直しをすることが大切」と話す男性。いまは、自分の身に起きたことは無意味ではない、と思えるという(撮影/編集部・野村昌二)
男性サバイバー(50代)/「『元に戻らないと』ではなく、生き直しをすることが大切」と話す男性。いまは、自分の身に起きたことは無意味ではない、と思えるという(撮影/編集部・野村昌二)

 被害者の対象となるのは女性だけ。被害者の告訴がないと罪に問われない。法定刑は強盗罪より軽い。これが、現行刑法における「強姦罪」だ。性犯罪の厳罰化を含む刑法改正案が閣議決定された。社会を動かしたのは、体験を告白し続けた性暴力サバイバーたちだ。

*  *  *

 13歳からの7年間、実父から性暴力を受け続けた。

「自分というものがグシャッとつぶされた感覚。社会やいろんな人とのつながりからも、全部バラバラにされた感じです」

 性暴力によってなくしたものを問うと、彼女は静かな口調でこう話した。

 山本潤さん、43歳。13歳のとき、部屋で寝ていると父親が布団に入ってきた。大きな手が、黙って体を触る。やがて行為がエスカレートしていく。何をされているのか、全く理解できなかった。感じたのは、「何か変だ」「嫌だ」。抵抗なんかできない。周囲に訴える術も知らなかった。ブレーカーが落ちたように、感情を閉ざした。

●私はサバイブしてきた

 20歳の時に両親が別れたことで、やっと性暴力は終わった。だが、受けた傷痕は、澱(おり)のように体と心の中に残った。被害のトラウマから抑うつ状態になり、アルコールにおぼれて、「殺されたい」という衝動に襲われた。

「生きること自体が苦しくて。痛みしかありませんでした」

 私を返せ──。

 父親に対して、ずっとそう思っていた。病(や)んでいない心。健康な身体。人を愛する気持ち。命の根源となる愛や希望や夢。その全てを返してほしかった。元に戻してくれる人なんていない。そう思っていた山本さんに「回復」のきっかけをくれたのは、仲間のサポートや自助グループ、自分と同様の被害に遭った人たちとの出会い。「健全な性」と「性暴力」の違いを学び、気がついた。

「私はサバイブしてきたんだ」 被害は自分の恥ではない。恥ずべきは加害者のほうなのだ、と。生き残ったこの体でできることをやっていこう。36歳の秋、素顔と実名を明かして、自らの経験を告白。いま、看護師として働きながら、被害体験の講演活動を続けている。

 3月7日、性犯罪を厳罰化する刑法の改正案が閣議決定された。後押ししたのは、山本さんのような「性暴力サバイバー」だ。山本さんは、性暴力の被害を受けながら誰にも助けてもらえない理不尽な現状を変えたいと、2015年に「性暴力と刑法を考える当事者の会」を立ち上げ、性暴力被害者の声を広く社会に届けてきた。

●女性には人権なかった

「東京・強姦(ごうかん)救援センター」のリーガルアドバイザー角田由紀子弁護士は、現行刑法の被害者視点欠如の理由をこう説明する。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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