●「仮死状態」にして蘇生

 桜は冬の寒さで目覚め、その後の気温上昇で育ち、一定程度の暖かさを蓄えたら開花する。寒暖の差が激しければ開花は早くなるが、品種によって異なるし、同品種でも条件次第で開花時期は違う。成長には水も必要だし、湿度も重要だ。これを人工的に操り、開花時期をコントロールする。先がとがった状態から徐々に丸みを帯び、最後は割れて花が咲く蕾(つぼみ)の状態を細かく観察しながら、一本一本調整していく繊細な作業になる。

 輸送を予定している3月18日の段階では、蕾はまだ堅いまま。パリまでの約13時間の機中では調整ができないため、温度次第では成長してしまう可能性もある。そのため、完全に水を切って「仮死状態」にし、到着後に蘇生させるというが、パリの空港での検疫などに時間がかかり、仮死状態が長くなりすぎると本当に死んでしまう。

 輸送ではさらに、枝を複数の人間に分散する。仮に一人が担当する枝から虫が出ても、所有者が異なれば、ほかの枝は処分対象にならないからだ。また、植物検疫がフランスほど厳しくないオランダ経由で一部の桜を輸送することも考えている。

 パリではルーブル美術館の近くに2カ所の空き店舗を借りた。輸送された3千本をここに集め、花見当日の朝には八分咲きとなるように、約1週間の開花調整を続ける。

「ここまで来れば、楽になる」と赤井さん。当日は美術館の展示ホールに朝から陣取り、桜並木の枝の広がりがイメージできるような自然体の飾り付けを目指す。日中はホールの天窓を暗幕で覆い、花見も暗闇の中で開始する。そして、ホール全体に照明がともされた時、その熱で桜を満開にする。

「日本人は桜に特別な思いがある。その思いを輸出し、フランスで表現するのが僕の仕事。だから絶対に失敗できない」

 赤井さんは当日、桜を使った生け花も実演する。

(編集部・山本大輔)

AERA 2017年3月6日号