日米首脳会談に向け、日本政府は米国へのインフラ投資などで70万人の雇用を生み出す「日米成長雇用イニシアチブ」を準備した。中野氏はこうしたアプローチに否定的だ。
「これはトランプ氏が批判する、日本の対米貿易黒字を前提としているため愚策です。それよりも、日本は財政拡大により内需主導で成長すれば、対米貿易黒字額も減り、日米双方にとって利益になります」
経済と安全保障は表裏一体だ。保護主義的な「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領の誕生で、中国の覇権的な動きがより活発化するのに備え、自主防衛強化を説く声も広がりつつある。
●日本は今がチャンス
元中国大使の丹羽宇一郎氏はそうした風潮に釘を刺す。
「自分の国は自分で守る覚悟が必要です。ただし、中国との力と力の対決は避けなければなりません。専守防衛を維持し、日本の国是である平和と自由貿易を守ることが何より重要です」
超大国である中国と軍事面で対抗しようとすれば、その負担とリスクは計り知れない。貿易が縮小しても、「自活」できる米国やオーストラリアといった資源国とは異なり、日本は貿易立国の立場を失えば、立ちゆかなくなる。だがこれは、13億人超の人口を抱え、エネルギーや食料、水、自然環境をめぐる深刻な課題に直面している中国も同じなのだ。
「グローバリゼーションは日本の国是であると同時に、中国の国是でもあるのです」(丹羽氏)
RCEP推進を唱える前出の薮中氏も、こう説く。
「中国と経済を含む幅広い分野の協力関係を構築することが、日本の安全保障の強化にもつながるのです」
外務省のASEAN加盟国を対象にした対日世論調査(14年)では、「最も信頼できる国」として日本を選択した割合は33%でトップ、中国は5%。最新(15年)の調査では日本22%、中国18%だった。
「日本が東アジアでリーダーシップをとるうえでの強みは日米同盟の後ろ盾に加え、ASEAN諸国の信頼を得ていること。そうした環境の中で中国と向き合っていく、今はそのチャンスです」(薮中氏)
中国を敵視するのではなく、国際社会のルールに導く役割が日本には求められている。米国の覇権が着実に衰退していく過程にある今、トランプ政権は、アジアで日本が主体的に協調体制を築くラストチャンスとなる可能性も否定できない。(編集部・渡辺豪)
※AERA 2017年2月27日号