村上春樹にとっての決定的な日付「1978年4月1日」に何があったのか? (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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村上春樹にとっての決定的な日付「1978年4月1日」に何があったのか?

北條一浩AERA#村上春樹
29歳の村上春樹に、作家になる啓示をもたらした場所・神宮球場。当時も今もヤクルト・スワローズの本拠地である(撮影/今村拓馬)

29歳の村上春樹に、作家になる啓示をもたらした場所・神宮球場。当時も今もヤクルト・スワローズの本拠地である(撮影/今村拓馬)

『アフターダーク』に登場するラブホテル「アルファヴィル」のある場所に酷似した渋谷・道玄坂裏の階段。二つの通りをつなぐ抜け道として昼も通行人は多い(撮影/今村拓馬)

『アフターダーク』に登場するラブホテル「アルファヴィル」のある場所に酷似した渋谷・道玄坂裏の階段。二つの通りをつなぐ抜け道として昼も通行人は多い(撮影/今村拓馬)

『1Q84』に不意に現れる二つの月とは、いったいなんだろう? 「1984と1Q84のパラレルワールドの象徴?」 と解釈する人は多いが、果たして……(撮影/今村拓馬)

『1Q84』に不意に現れる二つの月とは、いったいなんだろう? 「1984と1Q84のパラレルワールドの象徴?」 と解釈する人は多いが、果たして……(撮影/今村拓馬)

天吾が二つの月を最初に見たのは高円寺の児童公園で、滑り台にのぼった時である。高円寺駅からも遠くない高円寺中央公園は、作中のイメージに近い(撮影/今村拓馬)

天吾が二つの月を最初に見たのは高円寺の児童公園で、滑り台にのぼった時である。高円寺駅からも遠くない高円寺中央公園は、作中のイメージに近い(撮影/今村拓馬)

『1Q84』冒頭の印象的な首都高の非常階段シーン。「実際にあるのか?」と探索の対象になったが、インタビューで作家の思いつきと説明されている(撮影/今村拓馬)

『1Q84』冒頭の印象的な首都高の非常階段シーン。「実際にあるのか?」と探索の対象になったが、インタビューで作家の思いつきと説明されている(撮影/今村拓馬)

昼はジャズ喫茶、夜はバーという「ピーターキャット」は、当初国分寺にあったが、1977年に千駄ケ谷に移転。かつてこのビルの2階にあった(撮影/今村拓馬)

昼はジャズ喫茶、夜はバーという「ピーターキャット」は、当初国分寺にあったが、1977年に千駄ケ谷に移転。かつてこのビルの2階にあった(撮影/今村拓馬)

「紀行文集『ラオスにいったい何があるというんですか?』が出るタイミングで、本の中に一つくらい国内を入れようということになり、熊本を選ばれたようです。告知したら大変なことになるので、常連さんだけに“実は村上春樹さんの朗読会をやるんです”と耳打ちするように話しかけました(笑)」

 村上春樹、吉本由美、都築響一の3氏で結成している「東京するめクラブ」の活動の一環でもあり、吉本さんが熊本市在住で田尻さんと親しいことから実現の運びとなった。

「吉本さんから、“春樹さんが『橙書店で朗読やろうかなぁ』って言ってるよ”と聞かされ、びっくりしました。当日は皆さん、半信半疑でやってきて、ご本人を目の前にしてガチガチになっていました。村上さんはこんな小さい会場でやるのは久々ということでしたが、楽しまれていたご様子でした」(田尻さん)

●児童公園に月はいくつ?

 村上春樹の小説では東京のさまざまな地名が登場する。『ノルウェイの森』で主人公のワタナベと直子が一緒に歩く四ツ谷駅から市ケ谷駅にかけての線路沿いの土手。『国境の南、太陽の西』で主人公のハジメが、顔から一切の表情を失ってしまったイズミを目撃する外苑東通り(南青山付近)。『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭は世田谷の路地裏から始まり、『スプートニクの恋人』では新宿から吉祥寺、国立、立川と中央線を西へ進む。

 例えば『アフターダーク』に出てくるホテル「アルファヴィル」。ゴダールの映画のタイトルであり、そこでは未来都市の設定だが、『アフターダーク』においては渋谷と思われる雑踏の中に投げ出されている。

『1Q84』なら、主人公の一人である天吾が二つの月を目撃する高円寺の児童公園。

<それから天吾はその月から少し離れた空の一角に、もう一個の月が浮かんでいることに気づいた。最初のうち、彼はそれを目の錯覚だと思った。あるいは光線が作り出した何かのイリュージョンなのだと。しかし何度眺めても、そこには確固とした輪郭を持った二つめの月があった。>
(『1Q84 BOOK2後編』新潮文庫4巻、167ページ)

 作中の公園の描写には、高円寺中央公園が最もイメージに近いがそのままではなく、おそらくは複数の公園がデフォルメされたものと推測される。

 小説家・村上春樹には、その場所に身を置いた時の記憶が、短くない歳月を経て作品の中に結晶する、ということがあるのではないか。

 神宮球場での決定的な体験が書かれたのと同じ本の中で、作家はこうも書いている。

<東京にいるときにはだいたい神宮外苑を走っている。(中略)距離の感覚が細かいところまで頭に入っている。そこにあるくぼみや段差のひとつひとつを記憶している。>
(『走ることについて語るときに僕の語ること』文春文庫、111ページ)

 このような身体を通過した言葉で構成される小説を、これからも読み続けていこうと思う。(ライター・北條一浩)

AERA 2016年11月7日号


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