岩本教授は、「海空連絡メカニズムの協議が適用範囲をめぐって停止しているのであれば、海幕長・空幕長と海軍司令官・空軍司令官のホットライン設置だけでも切り離して部分合意することも検討すべき」と唱える。
その上で、「並行して別の信頼醸成措置を日中間で遵守させる行動準則を提示する必要がある」と提言する。
具体例として挙げるのは14年4月に中国・青島で開催された「西太平洋海軍シンポジウム」で採択した「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)」だ。日米中を含む21カ国の海軍高官が参加。射撃管制レーダーの照射禁止、砲・ミサイル・魚雷を相手に向けないこと、艦橋への探照灯を照らす行為の禁止、相手艦艇付近での模擬攻撃禁止などを議論した。
「CUESを基に日中間の軍艦・軍用機の偶発事故を防ぐように強く主張すべきです」
●「法律戦」が有効
こうした取り組みを中国に対する「法律戦」と位置付ける岩本教授は、日本政府の姿勢をこう説明する。
「日本は今、中国包囲網を形成しているというよりも、国際法の遵守や『法の支配』を目指す諸国との連携を強化しているのが実態です。日本は軍事大国の中国と比較すれば弱小国であり、法に依存せざるを得ない」
一方、日中の連絡メカニズムの協議は尖閣問題と切り離して対応すべきだと唱えるのは、前出「言論NPO」の工藤代表だ。
「これは偶発的な紛争を起こさないための手立てであり、尖閣問題を絡めた、『領海・領空を含む、含まない』の議論を続けても答えは導き出せません」
中国が国際社会で影響力を増しているのは事実だ。日本はこうした変化を踏まえ、中国との向き合い方を真剣に模索すべき時期に来ている。
「中国を力で抑え込む今の対応では済まなくなります」
そう訴える工藤氏は、大国化する中国に対抗し、自国に有利な「力の均衡」を保とうとすると、軍拡競争に陥るリスクがある、と警鐘を鳴らす。
力のバランスを取り戻すのは必要なステップだが、ゴールではない。安倍首相は中国に向けて「対話の扉は常に開いている」とのメッセージを繰り返し発しているが、それだけでは物足りない。
「平和的な秩序を構築するために、民間も含め日本が主体的に動く必要があります」
東アジアで中国を取り込んだ安全保障環境を築くことが、日本が目指すべきゴールだと工藤氏は強調する。(編集部・渡辺豪)
※AERA 2016年8月29日号