こうしたメディア状況を、「東アジアに平和的な秩序をつくろうという意識が、世論に十分浸透していない証拠」と嘆くのは非営利シンクタンク「言論NPO」の工藤泰志代表だ。

 工藤氏はこう強調する。

「今回の漁船集結の問題を、中国が尖閣諸島に侵攻する予兆であるという見方には論議の飛躍があります」

●漁船主体が妥当な見方

 尖閣周辺海域で中国漁船が集結していた8月11日、ギリシャ船籍の大型貨物船と中国漁船が衝突し、漁船が沈没。海上保安庁の巡視船が漁船の乗員を救助した。中国のネットでも話題になり、日本を称賛する声が相次いだ。

 中国漁船の集結を中国当局が主導したのであれば、事故に遭った自国漁船の救出作業に対応できないという事態は生じるだろうか。

「漁船が尖閣周辺に集結する事態を容認する中国側の対応に違和感はあるが、あくまで漁船を主体にした動きと捉えるのが妥当」と工藤氏は指摘する。

 上原組合長は、中国公船が漁船の保護目的に領海侵入を繰り返していることについても、「それを現場海域でのトラブル回避のためという善意で捉えるか、実効支配強化と捉えるかで見方は変わります。中国公船の動きは挑発的になってきている面はあるのかもしれませんが、僕らは危機をあおるような言動は慎みたい」と静観の構えだ。

 中国漁船とは漁法が異なるため、沖縄の漁業者は尖閣周辺海域ではほとんど操業していない。尖閣領有権問題が再燃し、より広い海域で操業が困難になるリスクは避けてもらいたいのが本音だ。上原組合長は言う。

「政府には外交ルートを通じて中国側としっかり意見交換してもらいたい」

 政治が世論のナショナリズムをあおり、メディアもそれに加担することで外交が停止されてしまう。これは2012年の尖閣諸島の国有化以降、日中間で浮かんだ課題だ。

 工藤氏はこう訴える。

「メディアは狭い国益を背負って対立をあおるのが役割ではないはず。平和の維持という国民の真の願望を実現する立ち位置を確保すべきです」

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