バブル絶頂で生まれたJ-WAVE 経済凋落で迎えた変化とは (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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バブル絶頂で生まれたJ-WAVE 経済凋落で迎えた変化とは

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変化してきたラジオの形とは?(※イメージ)

変化してきたラジオの形とは?(※イメージ)

 若者文化をリードした深夜放送の時代から、バイリンガルDJが活躍する華やかな時代を迎えたラジオ。そこからバブルや日本経済凋落の影響なども受け、変化してきたラジオの形とは。

 東京は夜20時。六本木のJ-WAVEスタジオで堀潤さんが語り始める。

「J-WAVE、JAM THE WORLD、火曜日は堀潤がお送りしています」

 まるですぐ隣にいるかのように語りかけ、リスナーから寄せられるツイッターに目を通す。これぞというツイートを見つけ、この問題を深掘りしよう、瞬時にそう判断したらディレクターとアイコンタクトする。

 J-WAVEが開局したのは1988年。バブルの絶頂期だ。当時のスローガン「More Music,Less Talk」に表されているように音楽を聴かせることを第一義とし、ヒット曲を優先しない選曲とバイリンガルDJで、おしゃれなラジオとして、仕事中はいつもJ-WAVEとともにあったという人は多い。


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