デジタルアーカイブは「過去」のため 片岡義男全著作の電子化が進行中 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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デジタルアーカイブは「過去」のため 片岡義男全著作の電子化が進行中

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電子書籍は1冊ずつすべてに表紙が付く。刊行状況や毎日更新される過去のエッセーなど、片岡義男に関する情報のハブとして片岡義男.com(kataokayoshio.com)を開設している(撮影/北條一浩)

電子書籍は1冊ずつすべてに表紙が付く。刊行状況や毎日更新される過去のエッセーなど、片岡義男に関する情報のハブとして片岡義男.com(kataokayoshio.com)を開設している(撮影/北條一浩)

『スローなブギにしてくれ』『湾岸道路』『彼のオートバイ、彼女の島』……。1980年代に作品が次々と映画化され人気を博する一方で、サーフィンとオートバイの小説を書く風俗作家と見なされてきた片岡義男氏の全著作の電子化が進んでいる。

 散逸した旧作を丹念に集め、小説からエッセー、批評までカバーしようと企画・運営するのは株式会社ボイジャー。電子書籍のパイオニアとして走ってきた同社ではすでに池澤夏樹作品の電子化を進めており、今回はそれを上回る分量の著作がある作家の、しかも「全著作電子化」という壮大な計画だ。

「片岡義男さんには確認できるものだけでも作品数が600近くあり、読めなくなっている旧作がたくさんあります。それらを再び読者と共有し、同時にデジタル時代の作家の創作活動を支援したい。写真作品のアーカイブもどんどん進めています」(ボイジャー・萩野正昭さん)

 ある意味過去の作家だと思われていた氏だが、湾岸戦争や日本語について考察した批評の大冊『日本語の外へ』(97年、現在品切れ)を契機に再評価の機運が高まった。これまで氏がテーマとしてきたアメリカ文化やサーフィンなどが、英語と日本語のバイリンガルで育ったことに由来する鋭い文化批評に基づいたものであったことが理解され、以来写真家、翻訳家としての再評価も始まった。2010年代以降は新たな量産期に入り、『木曜日を左に曲がる』(左右社)、『恋愛は小説か』(文藝春秋)、『この冬の私はあの蜜柑だ』(講談社)など最近刊行された小説は、簡潔なスタイルの中に日本語を異化するような自在さがあり、作家として新たな黄金期に入っているといえる。

 今回のプロジェクトの大きな特徴として、短編だろうが長編だろうが1作品=1冊を徹底させたことがある。また作家の意向によって作品は初出順にナンバリングされており、順番に読んでいけば片岡義男という作家がたどってきた軌跡を時系列で確認できることになる。旧作を知らない若い世代には、ひとまずタイトルだけを見て短編1冊買ってみることができるハードルの低さも魅力だ。

 プロジェクト発足を記念して行われた東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPO(昨年7月)のトークで、氏はデジタル出版の核心を突いた発言をしている。

「デジタルは現在、あるいは未来のものだと思われていますが、そうではなく過去なんです。アーカイブなんて過去そのものですから。過去にはいろいろな過去があるでしょう。過去にはアクセスしたほうがいいですね」

(ライター・北條一浩)

AERA  2016年2月29日号より抜粋


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