「危ない、汚い、ダメ、早く」は禁句(イメージ写真)
「危ない、汚い、ダメ、早く」は禁句(イメージ写真)

 かつて人口が流出した地方の街に、異変が起きている。変化の中心には、校舎もカリキュラムもない、「森」の学校の存在がある。

 車で町のどこを走っていても、常に山が迫ってくる。鳥取県智頭(ちづ)町は、中国山脈に「抱かれた」山間の町だ。山陰・山陽を結ぶ交通の要衝、木目の詰まった上質な「智頭杉」の産地として栄えたものの、林業の衰退とともに人口が流出した。

 しかしこの過疎の町に、今、異変が起きている。人口約7600の町に、2011年から現在までに100人以上が移住してきたのだ。その中心は子育て世代。彼らを引き寄せているのは09年に始まった「森のようちえん まるたんぼう」(3~5歳対象)と昨年開校した付属校「新田サドベリースクール」(6~18歳対象)。設立したのは、自身も東京出身で移住者だという西村早栄子さん(42)だ。

 まるたんぼうと新田サドベリースクールが掲げるのは、町の面積の93%を占める豊かな森で、とことん遊び、自ら学ぶという教育スタイル。既存の公教育のオルタナティブ(別の選択肢)として選ばれているのだ。

 園舎・校舎はない。注意報・警報が出ていない限り、子どもたちは雨でも雪でも、森へ行く。

「雨の日の森の匂いが違うこと。春に芽吹いた葉っぱがどんどん大きくなって、やがて色づいて、地面に舞い落ち、土に還っていく様子。子どもたちは全身で、一日として同じ森はないことを理解していきます」(西村さん)

 日課や時間割はなく、子どもたちは各自、好きなことを追求する。禁句は「危ない、汚い、ダメ、早く」。子どもが自ら育つ力を信じ、大人は手出しをせず、見守るのが鉄則。

「忍耐力や集中力がつき、何よりコミュニケーション能力がつきます。森の教育力で子どもが育ってくれるので、親も待てるようになる。子育てが楽しく、ラクになります」 と西村さんは3人の母親としての実感を込めて話す。

 サドベリースクールは小・中・高に相当する年齢が対象だが、まだ中高生はいない。小学生15人が学ぶ。ここにはテストも成績表もない。西村さんは京都大学で博士課程修了、他にも教員免許を持つスタッフがいるので、教科を教えることは可能だが、お仕着せのカリキュラムを教えるのではなく、子どもたちが学びたくなるまで待ち、学ぶ意欲をサポートするのが基本だ。

 随時、保護者や地域の住人で、写真家やデザイナー、蜂獲り師、麻栽培農家、林業家、染織家、パン職人といった面々が、生きるための技を教えにくる。

AERA 2015年2月23日号より抜粋