2年目となる「官製春闘」。安倍政権の強い圧力で、大企業を中心に前年以上の賃上げが実現しそうだが、暮らしや経済は本当に上向くのか。
東京・大手町の経団連会館には1月下旬、早くも賃上げムードが漂っていた。主な企業の労働組合側と経営側が意見を交換する「労使フォーラム」。経営側は賃上げに前向きで、ここでの焦点は賃上げの是非ではなく、上げ幅はどの程度か、定期昇給に加えて賃金体系そのものを底上げするベースアップ(ベア)という形をとるのか、といった「水準」や「手段」だ。
賃上げの流れをつくったのは、経団連会長でも連合会長でもない。安倍晋三首相だ。昨年12月に労働界、経済界の代表を集めて「政労使会議」を開き、賃上げに向けた「最大限の努力」を約束させる合意文書をまとめた。就任以来、経済界に公然と賃上げを求める安倍首相は、昨年の春闘でも同じことをしている。
では、首相主導の「官製春闘」によって、暮らしや日本経済は上向くのだろうか。
東京都大田区。狭い路地に住宅と中小の町工場が軒を並べる。昭和製作所の舟久保利明会長(71)は言い切った。
「賃上げなんてとんでもない。春闘なんて関係ありません」
自動車や電機大手が新素材の強度試験に使う「試験片」を作る。特殊で高精度な加工技術が求められるニッチな分野で国内トップレベルだが、それでも利益は「水面下」だという。
「区内の下請け企業の7割は赤字という話もある。大企業は社員の賃上げや株主への還元はするけど、下請けの受注価格を全然上げてはくれない。うちは大手から直接受注しているから恵まれているけど、2次、3次以下の下請けは、円安で輸入材料のコストが上がっても値上げなんて無理。『ダメだ』と思われたら取引を切られるからね」
日本商工会議所が昨年12月に公表した調査結果によると、2015年度に賃金を上げる予定がある中小企業は33.5%。前年のほぼ同じ時期の調査より6.4ポイント低かった。
非正規の働き手が個人で加入できる労組「派遣ユニオン」の関根秀一郎書記長も、厳しい表情で話す。
「非正規には賃上げなんてない、というのが現実です。昨年の春闘の後も、賃金が上がったという話はほとんど聞きません」
※AERA 2015年2月9日号より抜粋