ソムリエのジャン=リュック・プトー氏(中央)の選んだワインとともに、地産地消を徹底した豪華コースディナーに舌鼓を打つ。日常はもはや、はるか彼方(撮影/鎌田ひでこ)
ソムリエのジャン=リュック・プトー氏(中央)の選んだワインとともに、地産地消を徹底した豪華コースディナーに舌鼓を打つ。日常はもはや、はるか彼方(撮影/鎌田ひでこ)
プロとはいえ、揺れる車内でのサービスには神経を使う。ディナーメニューは季節によって異なるが、「サプライズを大事にしたい」という理由で、前菜と肉料理しか見せてもらえなかった。料理長は最寄りの駅から乗り込み、仕事が終わると下車していく(撮影/鎌田ひでこ)
プロとはいえ、揺れる車内でのサービスには神経を使う。ディナーメニューは季節によって異なるが、「サプライズを大事にしたい」という理由で、前菜と肉料理しか見せてもらえなかった。料理長は最寄りの駅から乗り込み、仕事が終わると下車していく(撮影/鎌田ひでこ)

 JR九州が運行するのクルーズトレイン「ななつ星in九州」に、ライターが体験乗車。3泊4日で最高150万円(1室2人の場合)もするリッチな旅とは、いったいどんなものなのか。

 今回乗車したのは、ななつ星の運行1周年を記念して計画された博多─長崎間を1泊2日で往復する企画。目玉は、初代世界最優秀ソムリエとして名高いジャン=リュック・プトー氏が乗り込み、九州産食材のフルコースに合わせてワインを提供する特別ディナーだ。

 サービスクルーに促されて魅惑の車内に足を踏み入れる。豪華列車と聞いて、勝手にふかふかのじゅうたんが敷き詰められた車内をイメージしていたが、実際は「和」をイメージさせるぬくもりのある「木製」。世界的に有名な陶芸家で、人間国宝だった14代酒井田柿右衛門の作品など、値段のつけようもない調度品が至るところに配されている。総工費30億円。さながら「走る美術館」だ。

 ハイライトは車窓に広がる海に夕日が沈む頃からスタートするフルコースのディナーだ。もはや振り向くことすらままならない狭隘(きょうあい)な厨房では、総料理長を含む3人のシェフが、やはり「揺れ」と格闘していた。それでも、おそらく世界最小の厨房から繰り出される料理の数々は絵画のように繊細で美しく、世界の美食を食べ歩く香港の富裕層にも大好評だった。

 象徴的なシーンに遭遇した。時間調整のために停車したある駅で、ななつ星を一目見ようと地元の家族連れがホームに集まってきた。すると、車掌をはじめサービスクルーらがホームに降りて、挨拶を交わした後、家族らのリクエストに応じて一緒に記念写真に納まった。聞けば、こうした風景は日常らしい。

 マニュアルでは到達できない居心地のいいサービスの極致。それに再び出会いたくて、リピーターになる人は、日本人、外国人を問わず多い。

AERA 2014年11月24日号より抜粋