「つまらない」と思いながら鬱々と働くより、やりがいや自身の成長を実感しつつ働くほうが幸せ。でも、だからといって、「働きがい」さえあれば長時間労働でも低賃金でもいい、というのは違います。

 ITベンチャーに転職した20代の女性。入社時の研修で企業理念を説かれ、「感動した」という。

「ビジネスにはルールがあります。会社では社外のルールは通用しません」

「労働とは苦役のことで、お金のために働くのは本来奴隷のやること。みなさんは、働くことを通じて心身を成長させる『勤労』をしなければなりません」

 大学を卒業して最初に入った会社では、「軍隊のような研修」を受けてうつになり退社。「ブラック企業だった」と思っていたはずなのに。2社目となるこの会社で研修を受けるうち、「前の会社に適応できなかったのは自分が会社のルールを理解していなかったから。一体感を持てなかったんだ」という気持ちになったという。

 研修は1カ月続いた。朝8時から夜11時半まで拘束されたのに、この間は無給。業務がスタートした後は、サービス残業を強いられた。「お金のために働くのは奴隷。自分は違う」と思うと、残業代は請求できなかった。「上司の言うことは絶対」と半ば洗脳されて、セクハラも我慢した。研修では「会社のルールを知らない親や友達の言うことを聞くな」とも刷り込まれたので、誰にも相談できない。3カ月後には再びうつ状態に陥り、いまも休職している。

 女性から相談を受けたNPO法人POSSE理事の坂倉昇平さん(30)は言う。

「これは明らかなブラック企業ですが、彼女は働いている間はブラック企業だとは感じていなかった。ポイントは、入社前に持っていた価値観をはぎ取り、『働くのはお金のためではなく、お客さまや自分の成長のため』などの理屈を押し付けること。『働きがい』を掲げてサービス残業や滅私奉公を正当化し、従業員を使いつぶす。この会社ではまさにカルト教団のような『洗脳』がおこなわれていました」

AERA  2014年7月7日号より抜粋