大阪星光学院
<br />(大阪・私立・男子/中高一貫)
<br />様々な科学コンテストで毎年入賞者が輩出。今年は国際物理オリンピック銅メダル(澤岡洋光さん、前列右)、全国物理チャレンジ金賞・化学グランプリ銀賞(白井秀和さん、前列左)、日本生物学オリンピック金賞(景山魁さん、澤岡さんの右後方)を受賞(photo 楠本 涼)
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大阪星光学院
(大阪・私立・男子/中高一貫)
様々な科学コンテストで毎年入賞者が輩出。今年は国際物理オリンピック銅メダル(澤岡洋光さん、前列右)、全国物理チャレンジ金賞・化学グランプリ銀賞(白井秀和さん、前列左)、日本生物学オリンピック金賞(景山魁さん、澤岡さんの右後方)を受賞(photo 楠本 涼)

「母校」と聞いて思い浮かべるのは、「高校」だろう。
伸びる子を育成する、カリキュラムには載り切らない各高校の独自の取り組みを2週にわたって紹介する。

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 クヌギ、コナラ、ヤマザクラ、エゴノキ、ヤマグリ……。高尾山へと続く丘陵地の道脇に生い茂る木々の種類を数えてゆくと、たちまち両手がふさがる。最寄り駅からバスで15分。私立穎明館中学・高校(東京都八王子市)の校舎が見えてくる。橋本好広副校長はこう語る。
「学校の周辺を歩けば、植物観察も昆虫観察もできるんです」
 自然あふれる環境に加えて図書館のある「無窮館」には800倍の倍率を持つレンズ口径20センチの大望遠鏡もあり、天文部の生徒が泊まり込みで観察することもある。

■1日医師体験で糸結ぶ
 
 2013年は東京大学現役合格者4人を出すなどじわじわ進学実績を伸ばし、医学部や医療系学部への進学者も増えている。
 その原動力になっているのが高校生の希望者を対象に立川相互病院で年2回行う「1日医師体験」だ。救急外来、薬剤部、ソーシャルワーカー相談室などの職場を一通り見学。過去にはオペ着姿になり、手術で使う縫合糸を結ぶ体験もした。研修医と一緒に昼食をとり、患者へのインタビューも行う。OBの竹内博一さん(東京慈恵会医科大学6年)は、この体験がきっかけで医学部への進学を決めた。
「お年寄りの患者さんから、患者のことを思う医者になってほしいと言われたことが印象に残っています。自分の知らない所で病気を患い苦しんでいる人がいることを知って、医師という目標が明確になりました」
 ほかにも高校1年生全員が器具を着けたり、車椅子に乗ったりして、高齢者や体が不自由な人の疑似体験をする学習もある。
 橋本副校長はこう語る。
「お年寄りや障がい者の方への理解を深めることで、リーダーの資質を身につけることが狙い。机上の勉強だけでない、体験を通して生徒も成長していく」

■生徒の「底力」育てる

 大学進学率こそ高校の実力──成果主義の価値観が浸透して久しい。受験勉強を勝ち抜く力も重要だが、長い人生を考えた場合、それだけで「高校力」を測っていいのか。人生で最も多感な、子どもから大人への橋渡し時期を過ごすのが高校だ。そこで得るものが人生の行く末を左右することも多いだろう。
 安田教育研究所の安田理代表は、東京大学の学部長も務めた学者から、聞いたことがある。
「ただ成績がいいからいい大学に入ったという子は、自分で研究課題を見つけられず、グループワークも苦手。社会に出てから苦労するタイプが多い」
 社会に出てから「底力」を見せる子は自ら考え、疑問を見つける姿勢が身についている。そうした力を育てる高校が、本当にいい高校なのではないか。カリキュラムの消化以外に自ら考える機会を高校がどれだけ準備するかがカギになる。
 そこで本誌は全国約250校に受験対策以外の取り組みについてアンケートを行い、169校から回答を得た。今回は「学問」関連の取り組みで、生徒の底力を引き出す高校力の源泉を探った。

■手作り望遠鏡で星観察

 近年求められる人材のキーワードの一つは「理系力」。課題を見つけ探究する心を育てるには、座学にとどまらない仕掛けが必要だ。
「大切なのは実験。充実した設備はポイントになる」
 森上教育研究所の森上展安所長はそう語る。わかりやすいのは02年に始まり現在約200校が指定されているSSH(スーパーサイエンスハイスクール)だ。設備が充実し、大学と連携している高校が多い。理科の実験棟を集約した理科棟、天文台……。ハイレベルなバイオ実験ができる高校もある。
「研究者が学問の面白さを伝えてくれることは進路選択に役立つ。特に女性にとっては理系への選択を後押しする」(森上氏)
 13年は東大に現浪あわせて18人、京都大学に53人を送り込んだ関西屈指の中高一貫進学校、大阪星光学院(大阪市)。理系に強く、各種の科学コンテストで毎年入賞を果たしている。
 高校3年の澤岡洋光さんは今年、国際物理オリンピックで銅賞を獲得した。もともと科学好きだったが、高校の授業で一気に物理が好きになった。
「物理の理論を使って、普段何げなく見ていた日常の現象を説明できることが面白かった」
 世界への扉を開いたのは、OBで現在東大大学院生の西口大貴さん。同校で初めて国際物理オリンピックに出場。これがきっかけとなって研究の道へ進み、現在非平衡物理の研究を行っている。
「物理の石橋和幸先生が勉強を見てくれました。代表に選ばれると大学で実習させてもらえるのですが、実験後に図書館で一緒に文献にあたったことも」と西口さんは言う。
 同校は和歌山県みなべ町に南部学舎、長野県の黒姫高原に山荘をもち、体験学習にも力を入れる。そこで生徒は中学時代にフィールドワークを中心にした合宿をする。海岸で生物を観察したり、手作り望遠鏡で星空を観察したり。登山やスキー、句碑巡りで和歌や俳句作りも学ぶ。
「科学は机上だけでなく、身の回りの現象と密接に結びついている。自然の中で本物に触れることで、真の学力と心身を育てる」と宮本浩司教頭は語る。
 工夫を凝らし理系力向上をめざす高校は多い。

■みたらし団子を作る

 11月の土曜日、中学を併設する私立麻布高校(東京都港区)の化学大実験室に高1の生徒たちが集まってきた。「身近な食べものを作ってみよう!」という「教養総合」の授業で、「みたらし団子」を作った。
 理科の森本達矛(たつむ)教諭が、まずでんぷんの構造や性質についての説明を始める。生徒は粉をこね、「耳たぶの硬さって、どれくらい?」と確認しあいながら進めていく。食欲を満たしながら、有機化学への橋渡しをするという仕掛けだ。
「教養総合」は、近所の幼稚園で乳幼児と触れ合う体験、サッカー、篆刻……。生徒が選考委員になり討議して「高校生芥川賞」を決めるといったユニークな授業まで幅広い。毎年60あまりの講座があるが、ほとんどが受験とは無関係だ。
 安藤浩一校務主任はこう話す。
「普段の授業では触れられない内容を深く学ぶことで、生徒の知的好奇心を刺激したい」
「親のすねをかじって/部屋でゲームぴこぴこ/掲示板でののしり/自立できぬふるさと」
 これも教養総合の「日本を読む、書く」で生徒が創作した「故郷の4番」。
 童謡「故郷」はなぜ日本人の心のよりどころとなり、さまざまな場面で歌われるのか。歌詞の内容を分析し国家とは何かなどを考え、高校生の視線で現代版の歌詞を作る。授業の締めくくりに音大の声楽科、ピアノ科の学生がボランティアで来校、生徒が作った替え歌を朗々と歌い上げたという。

■「千葉高ノーベル賞」

 教科外の学際的な取り組みにさまざまな工夫をこらす高校が増えている。
「清水の舞台から飛び降りる」という言いまわしは本当に実現可能なのか──県立千葉高校3年の田村太一さんが今年、「千葉高ノーベル賞」自然科学分野を受賞した研究テーマだ。
 千葉高では05年度から総合学習の時間に、1年次にテーマを決めて約2年半、研究を続けてリポートにまとめる「千葉高ノーベル賞」を実施。人文科学、社会科学、自然科学、スポーツ・芸術の4分野で毎年9月に受賞者を決定する。
 賞を主催する末永明・学習指導部長は「各自が興味のあるテーマを選び指導教諭のもとで研究するのですが、文系の生徒が理系、理系の生徒が文系の研究をすることも少なくありません。大学でも通用する課題設定力、研究力、プレゼン力が身につくと思います」と語る。
 工学部志望の田村さんは、古典の授業で「宇治拾遺物語」の「板戸を脇に挟んだ検非違使忠明が清水寺の舞台から飛び降りたところ、風圧を受け、鳥が舞い舞い降りるようにゆっくりと落ちた」という話を聞いて、その実現可能性を探りたいと思い立った。
 3年前に「音楽が拓く“グローバリズム”の可能性~フジ子・ヘミングに導かれて~」というテーマで受賞した岡本奈生加さんは、津田塾大学在学中の今も当時のテーマを追求している。
「多文化共生に興味があり、音楽が好きだったので、世界の共通語になりうる音楽の可能性、音楽による社会への貢献について研究しました。総合学習は、興味のあるテーマを選び、少人数でなされたので、大学のゼミのような感じでした」
 課題設定力などすべての力に通じる「プレゼン力」「表現力」を養う取り組みも「底力」をつけるうえでは重要だ。総合学習の時間を利用して、発表の機会を与えたりディベートのスキルを磨かせたりする高校も多い。
 都立桜修館中等教育学校は教育理念の柱に「論理的思考の育成」を掲げる。中高一貫校のため、中学時代に「数学で論理を学ぶ」「国語で論理を学ぶ」という2科目を独自に設定し、文章や相手の話を正確に聞き取る問答ゲームや、図形の定理や公式を証明する授業などを展開。それを踏まえ高校2年では自分でテーマを設定し、5千字の論文を1年間かけて作成する。

■資本金1万の会社設立

 座学にとどまらない取り組みで生徒の知的好奇心を向上させる高校もある。
 都立戸山高校(東京都新宿区)ではSSHの2クラスでジュニア・アチーブメント日本の教育プログラムのひとつ、スチューデントカンパニー・プログラム(SCP)を利用し、学校内で会社をつくり利益をあげていく体験学習を取り入れている。
「そもそも、ミサンガを作っても中年の人がする?」
「読みが甘かったかも」
 1年D組が作った仮想会社「らじあん」の社内会議の1コマだ。2時間ほどかけて、ようやく業種の内容や役割分担が決定。資本金1万円(100円×100株)で株式会社を設立し、約半年かけて商品の開発、生産、販売を行う。決算報告や株主総会もある。参加は任意で、D組からは40人中29人が参加した。
 生徒は佐久間晶弓(あきゆ)社長以下、統括部長、営業部長、生産・企画部長などに就任。社外取締役として実際の企業の社員がボランティアで参加し、アドバイスを与えている。
 社長に立候補した佐久間さんは、エコノミスト・浜矩子氏の、『スラム化する日本経済』を読んで経済学に興味を持ち、このプログラムをやりたいと思った。生徒や家族が株を購入し、1万円の資金を調達。同日の会議では、人件費がかからないことを強みに、古着を再利用した小物販売、イベントの企画、サービス業を展開することに決まった。
 営業部長の瀧本翔(かける)さんは、同校同窓会の城北会とコンタクトを取り、販路拡大のリサーチを行う。「卒業生の方と話すときには言葉づかいに気をつけ、どうしたら相手によく伝わるのか、考えながら話しています。このプログラムは、社会の仕組みを知ることができて面白い」
 佐久間さんは、人を動かす難しさを実感したという。
「みんなのモチベーションを高めて動いてもらうにはどうしたらいいか、常に考えています」
 このプログラムをきっかけに経営にも興味を持ち始めた。
「大学は経済か経営どちらに進むか、現在思案中です」

ライター 柿崎明子、庄村敦子 編集部 福井洋平
AERA 12月16日号