サラリーマンの中でも特に出世争いが激しいという銀行。しかしその様相は時代とともに変化しつつあるようだ。旧第一勧業銀行に勤め、そののちに作家デビュー、現在は日本振興銀行の社長を務める江上剛さんに話を聞いた。

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 バブル崩壊以前に会社に入った世代は、多くの大企業で、正社員が横一線からスタートして出世レースを必死に駆け上がるという構図だった。仕事のモチベーションは「同期に負けたくない」で、ゴマをすってでも、同僚の足を引っ張ってでも勝ち残りたいという人たちがたくさんいた。

 僕が銀行にいた頃にも、上司への盆暮れの贈り物に気を配り、昇給額が500円違うだけで、出世に乗り遅れたと右往左往するような光景は行内のいたるところにあった。それほどまでして出世したいのは、給与も上がるし、権限も全然違うから。使える経費も増えるから部下にも奢れる。出向になっても出向先のレベルが違う。とにかく出世が会社員人生の成否を分けると信じられていた。

 でも、その感覚があるのは、最後のバブル入社組の「半沢直樹」世代まで。30代以下の若い世代は全く感覚が違う。やりたいことを実現したい、専門性を生かして働きたい人が多い。その結果、役職がついてくることはあっても、「出世ありき」ではない。

 背景の一つには、正社員雇用や終身雇用が崩れ、「よーいドン」の出世レースが成立しなくなったことがある。給与や権限、使える経費などのうま味も少なくなり、競争をしてポストをつかむ意味がないと考える人も多い。地方より東京、支社より本社など、かつての出世レースの中では常識とされた価値観も崩れ、地方でもいい仕事がしたいという人もいる。

 象徴的なのは、アジアなど発展途上地域への海外出向。かつてなら嫌がられたし、左遷と捉えられることもあったが、今では成長著しい市場で権限を与えられて働くことに魅力を感じ、自ら手を挙げて出向する人もいる。駐在先なら欧米にステータスがあった時代とは違う。

 若い世代はやる気がないのではない。経営者は会社のミッションや哲学を明確に発信することで、若い世代の健全なやる気を生かさないと。利益を内部留保するばかりでなく、従業員に還元し、給与とポストを確保することも必要。昇進制度は、日本には年功序列と成果主義を中和したような制度が合っているだろう。これからは出世第一ではなく、「働きがい」がより大きなモチベーションになる。

AERA 2013年10月14日号