8月号小児精神科医・青山学院大学教授 古荘純一 Furusho Jun―ichi災害弱者としての発達障害者 |AERA dot. (アエラドット)
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小児精神科医・青山学院大学教授 古荘純一 Furusho Jun―ichi
災害弱者としての発達障害者

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 今年4月に熊本で震災が発生した。被災された方には心からお見舞いを申し上げる。復旧が早く、すでに報道で取り上げられることも少なくなった。しかし、生活の基盤がまだ回復していない人や、エコノミークラス症候群、大雨による土砂災害、心的外傷後ストレス障害などの二次被害に悩まされている人がいることも忘れてはならない。

 筆者が心配しているのは、災害弱者である発達障害の人たちである。もともと発達障害、特に広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)の人は環境の変化に対応が困難であり、また、外界を把握するのが困難、個人によって内容がまったく異なるさまざまなこだわり、感覚の異常、などの症状がある。そのため突然災害が襲いかかると、さまざまな問題が生じてくる。外界の状況が把握できないことによる強い不安や精神的不調、こだわりは「変化に対する過度の抵抗」と表現されているが、新たにさまざまなこだわりや、そのこだわりに基づく行動が出現し、また感覚の過敏さから、映像や音の記憶が強く残り続けている、など新たな困難に直面することになる。今回の震災は、余震が続いたため、地震への恐怖感があり、家から出られない、不登校になっている人もいるという。

 5年前の東日本大震災では、東京も震度5強の揺れを感じたものの、被害はごく限定的であった。しかしながら、筆者が診察をしている東京地区に住む広汎性発達障害の人の中には、いまだに震災の記憶が残り、精神的不調を訴えている人がいる。典型的な例では、震災報道で繰り返しフラッシュバックがあった。映像の視聴を避けるように助言したものの、中には新たに抗不安薬などの治療を要することもあった。さらには、緊急地震速報のテスト音や、「避難訓練」と聞くだけで、震災当日のことを鮮明に思い出し精神的不調をきたす子どももいて、避難訓練実施日に通学できない子もいた。広汎性発達障害の子どもには、家庭や学校で計画の変更がある時は、事前にできるだけ時間をかけて説明をするが、それでも不安を感じ精神的な不調をきたすことがしばしばある。突然襲った災害の影響が現在も続いているのではないだろうか?

 特に印象に残ったある青年男子の事例をあげてみよう。もともと地震があると過度に反応していたが、東日本大震災後それがひどくなった。各地の地震や余震情報が報道された時、気象庁、専門家、各報道機関でバラバラなコメントで、内容が細部であっても一致しないと強い不安を感じる。外来で彼は、「脳が体に逃げろと指令を出す。自分としては家族がいるので逃げなくてもよいと思うが、命令に従うことになるんです。逃げるためにいろいろと準備をする。先生は馬鹿らしいと思うかもしれないけど、本当にそうなんです」と述べた。「自分の脳と体は別なもの?」と質問すると「こうなると脳のみです」と答えた。さらに「どのような準備をするの?」と尋ねると、「頭を低くして逃げる体勢を維持するのです。この時は、脳が命令を出して心と体が離れている感じです」。そこで、「どうなれば大丈夫だと思える?」と質問すると「すべての情報が確認できた時点で脳が『地震が終わったよ』という命令を出すと心が戻るのです」と答えた。一見すると、統合失調症の妄想のように思えるかもしれない。しかし地震情報に過敏に反応していること、「脳が命令する」という表現をしているがあくまで自分の主体的な行動であり、また他者からの助言ではなく、自分自身で安全が確認できたと思える状況で、日常に戻ることができることから、広汎性発達障害の人の独特の認知・行動特性と関係していると考えている。

 この青年は、自身に生起していることを言語化することができているが、うまく言語化できない人や、震災後さまざまな問題行動がみられる広汎性発達障害の人にも、同じようなことが起きているのかもしれない。支援者はその問題行動のみに気をとられ、当事者の頭の中に起きている状況は把握できていない。

 このような特性のある人を無理に理解することは困難で、誤解が生じるのを避けられない。被災したことは誰でも理解できるストレスであるが、その反応がきわめて特殊であり、長期間持続するため、息の長い支援が必要である。災害に限らず些細な出来事で混乱している当事者は少なくない。当事者の話に否定したり肯定したりせずに耳を傾けることが大切なのは言うまでもない。だが、きちんと理解することは保留してでも、どうすれば困っている当事者が当面大丈夫になるのかというコツを見出していくことが、支援の第一歩になっていくだろう。


(更新 2016/8/ 9 )


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