春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「散歩」。

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 普段、運動をしないので、唯一散歩をすることで「どうだ、オレだって身体にいいことしてるだろう」という気になっている。

 たとえばこんな一日。昼から寄席の出番。家から最寄りの寄席までは、時間があれば歩く。弟子が着物のカバンを持っていってくれるから手ぶら。そういうとこだけは弟子がいてよかった。

「今日はアレをやってみようか」とその日やりたいネタをブツブツと口の中でさらいながら歩き始めるが、ものの15分で飽きてしまうのが常だ。代わりに変わった名前の表札を探しながら歩く。「工藤○一」を見つけた。別段変わってもないが、よく考えると名探偵コナンの本名と一緒。しかも旧江戸川乱歩邸から程近いところに! ちょっと嬉しい。寄席に到着、一席やって、電車移動で浅草へ。もう一軒寄席をやっつけ、そのあとは夜の仕事の会場までひたすらに歩く。

 浅草は視界に入る8割は外国人観光客。つんつるてんの和服姿の把瑠都風ヨーロッパ系の巨漢オジサンを見つけると得した気分。上野へ出て昼から飲んでるお気楽な中年カップルを横目に、生魚と乾物の匂い漂うアメ横を抜ける。あの匂いは心地よくはないが懐かしい。黒門町の落語協会事務所でトイレを借りて、まだ寒そうに嫌々客引きをしているメイド喫茶の店員を数えているうちに秋葉原を越え万世橋に。右に曲がって、かんだやぶそば・鳥すきのぼたん・まつや……なんて老舗の名店周りをうろついて、靖国通りをズンズン進む。書店、カレー屋、スキー用品店、喫茶店、眺めるうちにあっという間に神保町の交差点。らくごカフェに顔を出し店長の無事を確認し、同じビルのボンディの大行列がまた伸びているのに驚く。シェア型書店「の本棚」には私の棚もあるので良かったらどうぞ。

 俎橋は落語「お菊の皿」に出てくる昔は寂しいところだったんだそうな。武道館、靖国神社を左右に見て、内堀通りを左に曲がってお堀の向こうの大邸宅にお住まいのご家族の平穏を祈りながら、右手には英国大使館、ちょっと前にMXテレビがドローン飛ばしてお隣の庭に落っこって大目玉食らってたな、なんてことを思い出しながら「5時に夢中!」の生放送をガラス越しに観る。新宿通りを右に、ワコールにはやっぱりブラジャーやパンティーが山のように積んであるんでしょうな、なんて妄想しつつ幅の広い通りを歩く歩く。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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