小山明子(こやまあきこ)/ 1935年1月27日、千葉県生まれ。松竹にスカウトされ、55年に「ママ横をむいてて」でデビュー。60年に映画監督の大島渚氏と結婚し、その後フリーに。著作に大島氏の介護生活を綴った『パパはマイナス50点』など。
小山明子(こやまあきこ)/ 1935年1月27日、千葉県生まれ。松竹にスカウトされ、55年に「ママ横をむいてて」でデビュー。60年に映画監督の大島渚氏と結婚し、その後フリーに。著作に大島氏の介護生活を綴った『パパはマイナス50点』など。

 体は老いていけども、健康のまま長生きするにはどうしたらいいのか。いまは亡き映画監督の大島渚さんの妻であり、俳優の小山明子さん(88)には、生きていくうえで大切にしている標語があるという。

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 80歳を過ぎてから急激に「老い」を感じています。でも、受け入れなければしょうがないですよ。老いは必ず訪れるんだから。いまは筋肉が固まるのを防ぐために体を動かすようにしています。

 一つは水泳。20年くらい前に始めました。水中で1時間、歩くなどしています。トレーニングにも週3日通っていて、機械を使って30分間筋トレしています。休みなしですからハードですよ。おかげで実年齢より若い77歳の筋肉量になりました。

 昨年からコーラスも始めました。月1回、十数人のクラスで、自分たちの好きな曲を歌うの。私は大島によく歌ってあげていた「月の沙漠」をリクエストすることが多いですね。

 麻雀で頭の体操も。これは月2回。8時間くらいやる日もあるんです。学生麻雀かってくらいやっています(笑)。

 一昨年、経済的な心配事が原因でうつ病になりましたが、家族が支えてくれて立ち直ることができました。むしろうつを機に、家族との関わりが増えましたね。息子たちが急に優しくなって(笑)。長男とは月1回の「焼き鳥デート」をはじめたり、日曜日に孫とひ孫と食事をするようになったり。この間も88歳のお祝いをしてもらいました。

 大島を介護していた61歳のときもうつ病になって、治るのに4年くらいかかりました。大島が亡くなってから10年間は、乳がん心臓病、脊柱管狭窄症といろんな病気をして、全部手術したんです。手術のときには肉親のサインが必要で……。みんなに迷惑かけたなって思っています。健康のために運動をしているのも、このときの気持ちがあるからです。

 そんな経験をしてきたからこそ、大切にしている標語があります。それは「かきくけこ」。「か」は感謝する、感動する、「き」は興味を持つ、「く」は工夫する、「け」は健康に注意する、「こ」は好奇心、転ばない。大島が介護のときに、「ありがとう」って言ってくれたから、気持ちよく介護ができました。それから、いまWBC(取材は決勝ラウンド前)が楽しみで、試合の日は夜の11時まで観ているの。普通、年を取ると好奇心が薄くなってくると思いますけど、それじゃダメ。やっぱり好奇心を持って、若い人と接することが大事です。

 いま付き合っているのは60代が多くて、映画やお芝居を一緒に観に行っています。そういうお友達を作ったほうがいいですね。いま人生がすごく充実しています。

(本誌・唐澤俊介)

週刊朝日  2023年4月14日号

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唐澤俊介

唐澤俊介

1994年、群馬県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。朝日新聞盛岡総局、「週刊朝日」を経て、「AERAdot.」編集部に。二児の父。仕事に育児にとせわしく過ごしています。政治、経済、IT(AIなど)、スポーツ、芸能など、雑多に取材しています。写真は妻が作ってくれたゴリラストラップ。

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