ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『絶縁』(村田沙耶香、チョン・セランほか、小学館 2200円・税込み)を取り上げる。

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『絶縁』はアジアの若手作家9人が同じテーマで短篇小説を寄せるアンソロジー。「アジア」とひとくくりに言っても、言語や文化も違うし政治体制も違う。9篇の小説を読み、作者によるあとがきや翻訳者による解説を読むと、その違いを実感する。同時に、違いを乗り越えていこうとする作家たちの思いが伝わってくる。

 たとえばアルフィアン・サアット(シンガポール)の「妻」。夫が昔の恋人に再会したと聞いて、動揺する妻を描く。焼けぼっくいに火がつくんじゃないかと妻はハラハラしている。彼女の暮らしぶりなども気になる。

 妻は夫の元恋人に会いに行く。そして、「私のマドゥになってくれない?」と言うのである。マドゥとは、夫を共有する女。つまり夫の2人目の妻になって、という提案だ。ムスリム男性には4人までの女性との結婚が認められている。

 その後の展開は読んでのお楽しみとしよう。これがなぜ「絶縁」というテーマなのかを考えると興味深い。

 日本からは村田沙耶香が参加している。「無」は何もかも手放してしまう、禅の究極みたいなライフスタイルが流行現象になった社会を描く。断捨離とかエコとかマインドフルネスとかの揶揄?と思ったり、宗教2世問題を連想したり。村田お得意のディストピア小説。

 この本の発案者、チョン・セラン(韓国)の「絶縁」は、ハラスメントについての感覚のズレが題材。あやまちに対してどこまで寛容であるべきか、信頼し尊敬する人と考えかたの違いがあらわになったとき、関係は続けられるのか。

 絶縁、断絶、そして連帯。とても象徴的な短篇集だ。

週刊朝日  2023年1月27日号