芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、年末年始の過ごし方について。

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 年末年始、正月休みの過ごし方ですか? 日常生活とちっとも変わりませんが、超孤独を吟味しながら楽しんでいます。

 大晦日ぎりぎりまで絵を描いて、顔見知りのおそば屋で年越しそばを買って、家で調理したのを頂きます。その年によって、長男が来たり、長女が顔を出すこともありますが大抵は夫婦二人の大晦日です。

 ほとんどの局のテレビはバラエティー番組や歌番組なので、9時には床に入って寝てしまいます。大晦日も正月気分もテレビの中の出来事でわが家は世間の外側にいる存在です。

 翌朝の元旦は一応夫婦で正月の挨拶らしいことをムニャムニャと言って、飲めないおとそと雑煮で正月を祝って、毎年知人が差し入れてくれるおせち料理を横目で睨みながら、ニューイヤー駅伝の一区間を観て、その続きはビデオで夜の愉しみ。朝食が終わるといつものように自転車でさっさとアトリエに向かいます。

 そして大晦日の続きの絵に筆を入れる描き初(ぞ)めの儀式?を行います。昼食は近くのコンビニで弁当を買いますが、店員のお姉さんは、独り暮らしの寂しい孤独な老人だわ、というような顔もしてくれます。天気のいい日はその弁当を持って野川公園のベンチに向かいます。いつもの喧騒は一変、物音ひとつしない、無人の静寂な公園のベンチで、まるで地球最後の日のように人の声も人の姿も地上から消滅したように無と空だけが支配しています。そんな究極の孤独の中で、コンビニの弁当を頂きます。

 いつもなら、サッカーに興じる親子がいたり、犬を連れた婦人がいたり、ジョギングする中年のペアがいたりするのですが、今日は死の世界のように時間が停止して動くものといえば木の葉が風でゆらぐぐらいです。天空から俯瞰すれば、家族から追放された公園のベンチで食する寂しいあわれな老齢の浮浪者のようにきっと映っていることでしょう。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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