ミステリー評論家・千街晶之さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『不知火判事の比類なき被告人質問』(矢樹純、双葉社 1815円・税込み)。

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 最近、ある文芸誌の特集のために、日本で刊行された古今の法廷ミステリーを何冊も読み返したことがあった。その時感じたのは、法廷ミステリーで最も主人公に選ばれやすいのは弁護士であり、次が検事で、裁判官が主人公という例はかなり少ないということだ。それでも裁判長が重要な役割を務める法廷ミステリーはある程度存在するものの、その左右に座る陪席裁判官は、大抵の小説では空気のような扱いである。

 その意味で、矢樹純の連作ミステリー『不知火判事の比類なき被告人質問』はかなりの異色作だろう。著者は漫画原作者出身で、第10回「このミステリーがすごい!」大賞に応募した長篇『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』でデビューし、短篇集『夫の骨』でブレイクした。一作ごとにアイディアを出し惜しみしない作風には定評があり、本書にも同じことが言える。

 本書に登場する不知火春希(しらぬいはるき)は左陪席の裁判官である。普通、右陪席はヴェテラン、左陪席はまだ経験の浅い若手であることが多い。不知火も例外ではないが、それにしてはこの人物、言動が型破りそのものなのだ。

 第一章「二人分の殺意」では、フリーライターの湯川和花が記事の執筆のため、ある殺人事件の裁判を傍聴する。2人の娘と暮らしていた母親が、ニートの長女によって殺害されたという事件だ。被告人である長女は公訴事実を認めており、裁判は波乱なく進行するかに思われた。だが、休廷の時間に傍聴マニアが「この公判に当たってラッキーだったよね。今日は不知火判事、どんな質問をするんだろう。あの人の被告人質問は、他に類を見ないからねえ」と予告した通り、結審直前に左陪席の不知火が、「勇気を持って真実を答えてください」という前置きに続けて、思いがけない質問を被告人に投げかけたのだ──。

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