文筆家・鈴木聞太さんが評する『今週の一冊』。今回は『虚空の人 清原和博を巡る旅』(鈴木忠平、文藝春秋 1760円・税込み)です。

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 2016年8月末、携帯電話にかかってきた清原和博の声から物語の旅がはじまる。この年2月2日に清原は覚醒剤所持の現行犯で逮捕され、懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けていた。それから半年経っていた。

「雑誌の記事……読みました。ありがとうございました。/何度も何度も読み返しています。読んで……泣いています」

 記事とは、甲子園の5大会で清原に13本の本塁打を打たれた投手たちを追ったものだった。一人ひとりがその一球を忘れずに人生を送っていた。

 そして著者は翌17年の初夏に清原に初めて会い、雑誌に独占手記を掲載するために月2度定期的に取材をおこなうことになる。テーマは「薬物に堕ちたかつての英雄が、自らの内面をたどることで闇の中に光を探す」だった。本書はそれから20年6月15日の執行猶予明けまでの4年間を綴ったノンフィクションである。

 前作『嫌われた監督』はスポーツ新聞記者だった04年からの8年間、落合博満の中日ドラゴンズ監督就任から解任されるまでを追い、大宅壮一ノンフィクション賞をはじめ、講談社、新潮社のノンフィクション部門3冠王に輝いたことは周知のとおり。今作『虚空の人』は新聞社を退社し、雑誌にスタンスをおいた4年間の清原和博との邂逅だった。

 2作を読みくらべて浮きあがる2人の野球人は対照的である。無名の高校生が25歳でプロ入りし3度の三冠王、そして監督として4度のリーグ優勝を果たした落合と、高校1年から怪物ぶりを発揮しプロでも525本のホームランを打ったものの打撃部門は無冠、そしてくり返す故障。あげくに覚醒剤に手を出した清原だが、そのアプローチは鈴木忠平流で同じスタイルといっていい。取材した視点人物を駆使することで客観性を付与し、加えて都度都度に作者「私」が登場して内面を掘り下げる手法である。

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