戦争に無縁の人はいなかった 星野博美の唱える「大五反田圏」とは?

読書

2022/09/20 11:00

星野博美(ほしのひろみ)/ 1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家、写真家。2001年、『転がる香港に苔は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『戸越銀座でつかまえて』『旅ごころはリュートに乗って』など。(写真提供 ゲンロン)
星野博美(ほしのひろみ)/ 1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家、写真家。2001年、『転がる香港に苔は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『戸越銀座でつかまえて』『旅ごころはリュートに乗って』など。(写真提供 ゲンロン)

 品川区の五反田は、かつて工場が密集した街であり、風俗街のイメージがある一方、高級住宅地もある。『世界は五反田から始まった』(ゲンロン 1980円・税込み)は五反田が持つさまざまな顔のルーツを解き明かすものだ。

「連載の話をもらった時は、『五反田の話を思い切り書いていいんだ!』と嬉しかったです」と、星野博美さんは言う。

 星野さんは品川区の戸越銀座生まれ。祖父は千葉の漁村から上京して五反田の工場で働き、独立して戸越銀座に工場を構えた。その祖父が残した手記をもとに、星野家のルーツを描いたのが『コンニャク屋漂流記』だ。

「同書では、手記に書かれていた戦争のことに触れられなかったのが心残りでした。今回、五反田について調べるなかで、祖父が手記に託した思いが見えてきました」

 星野さんは、自身が生まれ育ったエリアを「大五反田圏」と呼ぶ。

「自分が属する世界の範囲をそう捉えるとしっくりきます。人それぞれに『大◎◎』があるはずです。身近な地域や自分の家族の歴史を掘ってみると、意外な発見があると思いますよ」

 五反田の工場では、昭和初期に労働争議が起こった。これに関わったのが小林多喜二であり、地下活動が原因で逮捕、警察に虐殺される。その後、戦時体制が進むと町工場でも軍用品の部品をつくるようになる。

「戦争で直接人を殺していなくても、軍需産業の下支えをしていたんです。戦争に無縁の人なんかいなかったんだと、改めて感じました」

 また、戸越銀座の隣の武蔵小山商店街では多くの人が満州に開拓に出かけ、わずか5%しか日本に還れないという悲劇が起こる。そして、昭和20年5月の城南空襲で、祖父の工場は焼失する。幼い頃、星野さんは祖父から「焼け野原になったら、戻って土地に杭を打て」と教えられたという。

「この教訓のいいところは、まず生き残ることを前提としていることです。体験者の手記を読むと、3月の空襲で多くの犠牲者が出たという情報を知った人たちが、避難を優先したので助かったことが分かります。市民の生きる力を感じました」

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