林家たい平(はやしや・たいへい)/ 1964年生まれ。埼玉県出身。87年に武蔵野美術大学造形学部を卒業、翌年、林家こん平に入門。2000年真打ち昇進。独演会を中心に、全国での落語会のほか、テレビ、ラジオにも多数出演。番組レギュラーに、「笑点」(日本テレビ系)大喜利メンバー、「新 鉄道・絶景の旅」(BS朝日)ナレーター、「ゴルフ天下!たい平」(BSテレ東)など。(撮影/写真映像部・高野楓菜)
林家たい平(はやしや・たいへい)/ 1964年生まれ。埼玉県出身。87年に武蔵野美術大学造形学部を卒業、翌年、林家こん平に入門。2000年真打ち昇進。独演会を中心に、全国での落語会のほか、テレビ、ラジオにも多数出演。番組レギュラーに、「笑点」(日本テレビ系)大喜利メンバー、「新 鉄道・絶景の旅」(BS朝日)ナレーター、「ゴルフ天下!たい平」(BSテレ東)など。(撮影/写真映像部・高野楓菜)

 3本目の主演映画は故郷の秩父と寄居が舞台。持ち前の明るい笑顔を封印し、喪失感を演じた。武蔵野美術大学卒の林家たい平さんは、芝居、落語、アートの魅力を人生と結びつける。

【写真】たい平さん3本目の主演映画「でくの空」の場面カットはこちら

 11年前、自分の無力さを痛感したことがあった。東日本大震災に直面したときだ。多くの人が家族を失い、住む場所を失い、生きることに必死になっている様子を目の当たりにして、この人たちの前では、笑いなんて無意味だと思った。

「自然の脅威の前では、人間なんて無力だし、ましてや落語なんて、なんの足しにもならない。そう思ったら、笑うこともできなかったし、何を食べてもおいしく感じられなかった。でも、仕事が途切れたこともあって、久しぶりに家族と毎日食事をしてたときに、当時小学校3年だった息子が、くだらないダジャレを言って、それで家族が笑ったんですよ。そのときに、『やっぱり、人間には笑うことが必要だ』と痛感しました。その思いが僕に、石巻まで行く決意をさせてくれたんです」

 被災地に行くと、さまざまな後悔の声を聞いた。何もできなかった自分をずっと責めながら生きている人がたくさんいる中、全国の映画館で落語を披露する活動を続けた。それがきっかけになり、今度は、映画に主演するという機会に恵まれた。噺家を諦めた中年男性が、少年に落語を教える「もういちど」が2014年に、地方都市に住む高齢者の活力を描いた「おくれ咲き」が18年に公開された。いずれも“再生”がテーマ。たい平さん3本目の主演映画「でくの空」も、長年コンビを組んでいた従業員の事故死によって電気工事店を畳んだ主人公が、谷真実さん演じるよろず代行屋に拾われ、再生していくストーリーだ。島春迦監督は、「たい平さんの明るさの奥には、もっと違うものが絶対ある」と直感したという。

「演じることと落語をやることは、僕の中では矛盾はないんです。座ったまま一人で全部やるか、セットがあって、共演相手がいるかという違いでしかない。でも、あえて芝居をやる理由を挙げるとしたら、お芝居は、いろんな人が携わって、一つの作品ができていく。そこは、落語にはない魅力です。落語は僕の中のいちばん大きな幹なので、枝や葉を広げることで、そこで出会ったいろんな人たちに、あわよくば、落語にも興味を持っていただけたらうれしい。僕の性分として、自分の人生の中で、必要とされているところにはどこにでも駆けつけたいし、一度きりの人生なので、いろんな経験を自分にさせてあげたいっていうのもありますね」

映画「でくの空」は29日からユナイテッド・シネマ ウニクス秩父で先行公開。8月26日からアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開(c)2022 チョコレートボックス合同会社
映画「でくの空」は29日からユナイテッド・シネマ ウニクス秩父で先行公開。8月26日からアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開(c)2022 チョコレートボックス合同会社
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