安倍元首相暗殺の翌日の各紙の紙面。見出しは全て同じだが、しかし中身は、独自取材をしているか否かで違った
安倍元首相暗殺の翌日の各紙の紙面。見出しは全て同じだが、しかし中身は、独自取材をしているか否かで違った
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 私がまず違和感をもったのは、各党党首の談話だった。安倍元首相の死が、昭恵夫人が病院に到着するのを待って発表されると、「言論に対するテロを断固として許さない」「民主主義の破壊」と各党党首が判でおしたようにコメントをしているのを見て、そのような問題だろうか、とまず疑問をもったのだった。

【下山進氏=2050年のメディア第1回はこちら】

 政治家はまだいい、しかし民放の某キャスターが、同じ日の首相会見で「戦前の5・15事件が想起されます。戦前のような状況がもう出てきたのではないか」と聞いたのには、唖然とした。だいいちその時点では、犯人の動機もまだ何もわかっていないのだ。

 翌日の各紙の朝刊で、ようやく犯人の供述のなかに、犯人が特定の宗教団体に恨みをもっていたことが書かれていたが、それだけではよくわからない。

 つまりこの時点では各紙、警察へのアクセスジャーナリズムで、容疑者が「宗教団体に恨み」をもって「安倍氏が(その宗教団体と)つながりがあると思った」との供述をとっており、そこまではどこも同じ、しかし違ったのは、そこから独自の取材をしたか否かだった。

 朝日新聞のみが容疑者の親族から「特定の宗教団体を巡って容疑者の家庭は壊れた。本人はその団体から被害を受けていたはずだ」とのコメントを引き出しており、さらに容疑者が登録していた人材派遣会社から容疑者の経歴や、さらに派遣先の社員の話も聞いて紙面化していた。

 最初から戦前のテロと結びつける短絡はジャーナリズムではない。私は朝日が独自取材でとってきた親族の証言を読んで初めてこの事件が、新興宗教のからんだ今日的な事件ではないか、と気がついたのだ。

 左の立場から戦前のテロと結びつけるのも間違いだが、右の立場から安倍氏に対するリベラル派のバッシングがこの事態を招いたかのような記事をつくるのも同じ陥穽に陥っている。

 読売新聞は同じ暗殺翌日の紙面で「首相退任後も中傷続く」「批判先鋭化」「演説を妨害」の大見出しの記事を掲載した。「リベラル派を自任する集団が選挙演説を妨害するような活動も増え」と書き、SNSでの「安倍死ね」「うそつきは安倍の始まり」の書き込みを紹介する同じ記事の中で、共産党の小池晃書記局長が参院予算委員会で「安倍政権時代からの異常な体質だ」と岸田首相を<追及した>とわざわざ書いていた。

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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