サッカー日本代表の監督就任会見で握手を交わすオシム(右)ら(2006年7月)
サッカー日本代表の監督就任会見で握手を交わすオシム(右)ら(2006年7月)

■商業主義を批判 「巨額」とは距離

 11年5月26日に開かれたボスニアサッカー協会の総会では、会長一元化のための規約改定が満場一致で決議された。こうして統一されたボスニア代表はW杯ブラジル大会に出場を決めた。EUや欧州議会をはじめとする国際的な調整機関が何度もトライしては破たんして来たことを、オシムは敵を想定せずについに成し遂げたのである。

 後にオシムは言った。

「巨額の資金が回って来る組織は必ず腐敗する。いろんなストーリーが作られて不正が横行する。人間は一度大金をつかむとそのことばかり考えてしまう。我々ボスニアも昨年W杯に出場したが、それで協会に少なくない分配金が入って来た。途端にサッカーのクオリティや育成は二の次にしてお金の話しかしなくなった者もいる」

 13年6月、オシムの日本の代理人である大野祐介の元に在ボスニア日本大使館から電話が入った。元日本代表キャプテン、宮本恒靖の提案によるプロジェクト(=ムスリムとクロアチア人の憎悪が燻[くすぶ]り続けるモスタルで民族融和のサッカークラブを作る)に協力したいという。オシムも快く賛同して大使館で多くの意見を述べた。外務省とJICAに予算があり、「モスタル市スポーツスタジアム改修案件」の申請をする段階で、大野は外務省から「オシムさんにこの実行委員会に入って欲しい」と依頼を受けた。ひとつの名誉の提供である。ところが、意外にもオシムは「それはできない」と言うのだ。

「オシムさんは『残念ながらボスニアは政治腐敗が相変わらず進んでいる。今回の案件に建設が絡んでいて、まさに利権や権益の温床になってしまう。日本政府がどれだけクリーンな入札方式を提示してもボスニアでは確実に汚職が発生し、誰かの懐に必ずお金が入る。そこに自分の名前が使われるのはできない』と言うんです」(大野)。ボスニア統一のために全力を尽くしながら、全く楽観視していない。サッカーに対する商業主義をオシムは徹底して批判していたが、自らもまた巨額が動く場所からは距離を置いていた。

 オシムは言葉だけの人ではなかった。それを強く強調しておきたい。(文中敬称略)

週刊朝日  2022年6月10日号