春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「寒波」。

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 1月6日。『寒波』がやってきた。「来る来る」とは聞いていたが、朝起きた時点で「あ、来たな」と。長年男をやっていると局部の縮こまり方でわかる。そしてトイレで用を足した後の湯気の立ち具合でその日の寒さがわかるのだ。やはりヤツが来た。

 そういう日に限ってあちたりこちたりで忙しい。寄席と落語会、合わせて5件の掛け持ち。おまけに5件目は代演だ。4→5がかなりタイトなので駆け上がりで高座に上がれるように着物で出掛けようかとも思ったが、昼から雪の予報。雪の状況により途中から着物移動も出来るように、着物用のコートと下駄も持参しとりあえず洋服で出かける。

 午前10時に家を出ると、うっすら粉雪。トレンドワードに「レミオロメン」が上がったとあとで知る。みんな考えることは一緒。椎名町の長崎神社にお詣りし、近くの立ち食いそば「南天」で肉そばを食す。庇の無い所で左手にドンブリを持ち、そばを啜る。熱々の豚肉にバンバン雪が降りかかり、いつもより5割増しで美味く感じる。

 御徒町駅の改札を出ると本降りだ。キャリーバッグを引き、上野鈴本演芸場へ。13時上がり。13時45分に国立演芸場へ。雪なら大丈夫だと傘を持たずに家を出た。とんでもない。「傘ないんですか!」と国立の職員さんが憐れんで傘を貸してくださった。「イヤだなぁ、雪」と前座の金原亭杏寿さんに同意を求めると「私は沖縄出身なんで嬉しくて!」と目を輝かせる。「上京して初めての雪の日。近所の公園でベンチに座って雪を浴びながら唐揚げ弁当を食べたんです!」と意味不明な思い出話を聞かせてくれた。「早くお外に駆け出したい!」。キミは犬か?

 浅草演芸ホールへ。積雪5センチ。客席は雪宿りのお客さんでいっぱい。「もう帰れません」と泣きそうな人も。5分の小噺をして、下丸子へ移動。大田区民プラザで新春寄席。18時45分着。楽屋に入ると柳家喬太郎師匠が「ゴメン!」と近づいてきた。???。「この後、上野鈴本で代演でしょ?」「はい。20時10分上がりです」「オレの代演なんだよ! ゴメン!」「え? ここ(下丸子)の出番、私は師匠の後ですよね? 鈴本、間に合わないかと」「じゃあ、オレの前に上がって、それなら間に合う!」……ん、どういうことだ? オレはこの人の代演に行くために、今、この人より先に高座に上がろうとしているのか……。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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