書評家の吉田伸子さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『余命一年、男をかう』(吉川トリコ、講談社 1650円・税込み)の書評を送る。

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「記帳が趣味とか言ってるうちは素人だと思う」

 冒頭の1行からガツンと来る。主人公の片倉唯は、地方都市で働く40歳。幼いころからお金を貯めることが好きだった彼女の日々は、ありとあらゆることを節約することで成り立っている。

 コスパが悪い、と恋愛も結婚も出産もパス。「他人と生きるということは、不確実性が増すということだ。そんな危険な投資に時間や労力を注ぎ込みたくない。ローリスクローリターンが信条。どうせ手を出すなら国債にかぎる」

 唯が本格的に節約を趣味にしたのは、20歳でマンションを買ったからだ。築13年の1LDKは、不動産屋いわく「いずれ転売されることを考えても、いい条件」な物件だった。以来、唯は生活を切り詰めて繰り上げ返済に励み、ローン残高を減らすことを生きがいにしてきた。

 そんな唯だから、自己負担になる乳がん、子宮がん検診はスルーしていたのだが、市から送られてきた無料クーポンで、検診を受けてみることに。結果、かなり進行した子宮がんであることが判明。治療をしなければ、余命は、あくまでも「一つの目安として」ではあるが、1年。もって2、3年。

 がんになったら、緩和ケアだけをうけて、緩やかに生を終えよう。葬儀代や残りの資産等に関しても、終活のシミュレートを済ませていた唯だったが、やはり動揺はあり、それは思いもかけない形で現れる。病院のロビーでふと目が合った、ピンクの髪をした、見るからにホスト然とした男から「いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」と聞かれ、あっさりと自分のクレジットカードを差し出す、という形で。

 男に貸した70万円(正確には72万3800円)。唯がその男・瀬名を“買った”値段だ。瀬名は(案の定)ホストだったため、1時間1万円換算で、唯に70時間付き合うことで、返済していくことに。やがて、“借金”は返済されたものの、瀬名と過ごしたことで、これまで誰にも頼らず一人で充足して生きて来た唯の気持ちに変化が訪れる。「死ぬまで瀬名にそばにいてもらいたい」。自分の気持ちと向き合った唯が起こした行動とは……。

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