月曜から土曜まではスーパーでバイト、日曜は授業。そんな日々が1年近く続いた。エキストラの仕事が来るたびに、監督にスカウトされるんじゃないかとソワソワしたが、そんなことは起こらなかった。ただ、俳優養成所の東京本社からは、「東京に来ないか」と声がかかり、次の年の4月から東京で一人暮らしを始めた。

「上京したことは嬉しかったけれど、月~土がバイトで日曜が授業というスケジュールは変わらなかった。『これは続けていてもダメだ。劇団に入らないと』と思い、いろんな劇団の舞台を観て回ったんですが、一番ピン!ときたのが劇団スーパー・エキセントリック・シアター。『こんな面白いものがあるのか!』と衝撃でした」

 新宿シアターモリエールに足を運び、最初に驚いたのが、サザンオールスターズから花が届いていたこと。「サザンから花が来てる! サザンと同じ事務所なんだ!」と思い、それだけでテンションが上がった。

「当時の俺は、あんまり感情を表に出すタイプではなかったんです。内側では、『面白い』って思っていても、声に出して大笑いすることはなかった。そんな俺が、三宅(裕司)さんと小倉(久寛)さんのやりとりを見て、腹を抱えて笑っていた。そのときは後方の席だったので、次の週は一番前の桟敷席を取って、また大笑い(笑)。『もうここしかない!』と思っていたら、偶然、近々にオーディションがあって、受かると思ってたけど、受かりました(笑)」

 ほどなくして歓迎会があり、2次会、3次会と進むうち、人数がどんどん減っていって、気づくと、岸谷五朗さんと2人だけ残って、朝までずっと話していた。

「世界中に、こんなに気の合うヤツがいたのかという衝撃と嬉しさが爆発した夜でした。以来、36~37年? ずーっと仲良しです(笑)」

(菊地陽子 構成/長沢明)

寺脇康文(てらわき・やすふみ)/1962年生まれ。84年に三宅裕司主宰の劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」(SET)へ入団。94年、岸谷五朗とともにSETを退団し、演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成。96年4月の放送開始からTBS系「王様のブランチ」の総合司会を10年間務める。2008年「相棒」での演技が評価され、水谷豊とともに第16回橋田賞受賞、09年第32回日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。

>>【後編/三宅裕司から1週間ダメ出し 寺脇康文が語る「才能」と「ビッグ3」】へ続く

週刊朝日  2021年7月30日号より抜粋