寺脇康文(提供)
寺脇康文(提供)
昔話をしながら、何度も盟友である「(岸谷)五朗ちゃん」の名前を口にした (c)木寺紀雄
昔話をしながら、何度も盟友である「(岸谷)五朗ちゃん」の名前を口にした (c)木寺紀雄

 8月から上演される舞台「スタンディングオベーション」では、上演中の舞台に紛れ込んだ殺人犯を逮捕すべく、捜査を進める刑事役。俳優業のスタートもコメディーだった寺脇康文さんが、俳優を目指したきっかけを明かす。

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 20代の途中まで、“根拠のない自信”だけを頼りに生きてきた。

 岐阜県に育った康文少年にとっては、小さい頃から、テレビが娯楽の中心だった。毎日の楽しみは、テレビで観るアニメやドラマ。絵が好きだったので、小学校のときは、将来は漫画家になることを夢見ていた。

「漫画を描くのは楽しいけれど、背景とかはまったくうまく描けなかったので、中学生になると『プロになる才能はない』と気づいた。高校に進学してからは、今度はアニメーターになれたらいいな、なんて薄ぼんやりと考えていたけれど、それも途中で『無理だな』と思うようになって……」

 周囲に流されるままに大学受験をしたが、失敗。予備校生活が始まった。余った時間を埋めるように、スーパーの地下のお総菜コーナーでアルバイトをするように。

「高校はバイト禁止だったので、1カ月目にもらったバイト代が、人生初の“労働して稼いだお金”でした。40年前は銀行振り込みなんかじゃなく、現金支給で、新岐阜駅(当時)から電車で実家に帰る道すがら、エスカレーターに乗って、ふと給料袋を開けてみた。入っていた何枚かの1万円札を見たとき、突然思ったんです。『あれ? 俺はこの先、どんな仕事をしてお金を稼いでいくつもりなんだろう?』って」

 それまでは、自分の将来について深く考えたことはなかった。何かを達成しようとして、本気を出したこともなかった。ただ、テレビが好きで、ドラマを見ては松田優作さん、水谷豊さんのものまねをして悦に入っていた。「役者ならできるかな」。なんの根拠もなく、そう思った。

「それからすぐ予備校を辞めて、名古屋の俳優養成所を受験しました。で、合格の通知がきたとき、『これで俺もスターだな』と。馬鹿でしょ(笑)」

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