老化細胞にGLS1阻害剤を投与する実験の様子 (中西真教授提供)
老化細胞にGLS1阻害剤を投与する実験の様子 (中西真教授提供)

 長寿研究におけるホットなテーマといえば、老化細胞の除去だ。

「老化は病の一つ。多くの人にこの認識はないでしょうが、研究者の間ではここ15年ほどで老化は『病だからこそ治せる』という認識になりつつあります。近い未来、この考え方は一般的になっていると思います」

 そう語るのは東京大学医科学研究所の中西真教授だ。中西教授らの研究チームは今年初め、「老化細胞を除去する薬を発見した」と発表し、大きな話題を呼んだ。その薬とは「GLS1阻害剤」。健康寿命を劇的に延ばすのではないかと期待されている。

「すでにGLS1阻害剤は、米国でがん疾患に対して臨床試験が始まっています。そこで非常に強い副作用があったという事例は報告されていません。すでに人への治験が進められている薬なので、実用化のハードルは下がっている。10年以内に実用化される可能性は十分あると思います」

 そもそも老化細胞とは何か。中西教授によれば、紫外線などによってDNAが傷つけられたり、酸化的ストレスがあったりすると体内の細胞が老化細胞へと変わるという。人間には約60兆個の細胞があるが、そのすべてが老化細胞になりうる。

「体内に老化細胞がたまると、微小な炎症が生じることで、臓器や筋力の機能低下や生活習慣病などの老年病の発症につながる。これが老化のメカニズムです。老化細胞がすぐに死んでくれればいいのですが、『GLS1』という遺伝子が生き永らえさせているということがわかったのです」

 細胞は酸性になると死んでしまうため、生き残るためアルカリ性物質を作って中和しようとする。GLS1がアルカリ性のアンモニアを産生することで、老化細胞が長生きしてしまうのだという。

「マウスを使った研究で、GLS1阻害剤を投与して老化細胞を除去したところ、運動能力や腎機能、肝機能、生活習慣病で言えば糖尿病、動脈硬化の数値も改善されました」

 実験ではマウスを棒にぶら下がらせて筋力を測った。つかまっていられる時間や握力を調べたところ、人間ならば70~80歳相当の筋力が40~50歳くらいの筋力にまで改善されていたという。

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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