昭和回帰で20代女性にも人気 スタアを撮り続けたマルベル堂の100年 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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昭和回帰で20代女性にも人気 スタアを撮り続けたマルベル堂の100年

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本田美奈子./昭和60年に「殺意のバカンス」でアイドル歌手としてデビュー。ミュージカル「ミス・サイゴン」で演技力と歌唱力が高く評価された。38歳の若さで急逝した (写真/マルベル堂)

本田美奈子./昭和60年に「殺意のバカンス」でアイドル歌手としてデビュー。ミュージカル「ミス・サイゴン」で演技力と歌唱力が高く評価された。38歳の若さで急逝した (写真/マルベル堂)

 マルベル堂が創業100周年を迎えた。大正10年、東京・浅草に誕生して以来、約2800人のスタアのプロマイドを撮り続け、発売してきた。その100年の歴史を振り返る。

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「マルベル堂のプロマイドには創業以来ずっと守られている撮り方の決まりがあるんです」

 6代目カメラマンで店長の武田仁さんはそう話す。(1)バストアップにする(2)カメラ目線で微笑みかけてもらう(3)顔や表情を見せるために影をつけない(4)指先も見せるために手を顔の近くに置く、だ。

「とにかく、ファンが喜ぶ写真を撮ることです」と強調する。プロマイドは芸術作品ではないと師匠に教わったという。それが長くファンに支持される理由でもある。

 昭和40年代に全盛期を迎えた。やがて写真が簡単に手に入る時代になり、プロマイドの人気は減少。近年は、一般の人もマルベル堂でスタアのようにプロマイドを撮影できる「マルベル80’sプラン」で人気が出ている。

「20代の女性が多く撮影に来ていますね。昭和を知らない世代のレトロブームもあるようです」と武田さん。この先もファンとスタアを笑顔にするプロマイドを撮り続けていきたいと微笑んだ。

■創業期から映画全盛期にかけて
スタアの写真が見たい、その写真を手元に置きたいという願いを叶えたのがマルベル堂だった。洋食店を営んでいた三ツ澤実四郎がコレクションしていた外国映画のスチールや俳優の写真を店で販売していたが、大正10年の三ツ澤の誕生日にマルベル堂を開業、映画スタアの写真「プロマイド」の販売をはじめた。

・栗島すみ子
マルベル堂が発売したプロマイド1号が、この写真。日本映画初期、松竹蒲田撮影所に入り、映画俳優となった栗島は「映画の恋人」とも呼ばれ人気を博した

・赤木圭一郎
日活ニューフェイスとして入社し、「タフガイ=石原裕次郎」「マイトガイ=小林旭」に続く「第三の男」と呼ばれた。独特の雰囲気に和製ジェームズ・ディーンともいわれた


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