林:素晴らしいです。先生は「オタク」とおっしゃったけど、自分が好きなことを見つけて、掘り下げていくうちにさらに世界が広がっていくというのが、教養とか文化のあるべき姿ですよね。

福岡:オタクは、いろんなところで自分の小さな穴を人知れず掘って、ず~っと掘っていくと水脈にぶつかる。さらにその水脈をたどっていくと誰かが掘っている穴につながっている。そうやって地下迷宮が広がっていくんです。

林:オタクの地下迷宮ですね(笑)。

福岡:葛飾北斎が代表作の「富嶽三十六景」を描きだしたのは、なんと70歳を超えてからなんです。どんなことでも始めるのに遅すぎることはなくて、70歳からでも自分の代表作が描けるということなんですね。

林:何という素晴らしい言葉なんでしょう。夢のあるお話です。話が変わりますけど、ベストセラーになった先生の『生物と無生物のあいだ』を読んだら、「私たち人間は遺伝子を運ぶ船だが、だからといって必ずしも子どもをつくることはない」ということが書いてあったので、そこの部分をコピーして子どもができずに悩んでいる友達に送ったんです。そしたらその友達、とても感動してましたよ。

福岡:「利己的遺伝子論」というのは間違いなんです。遺伝子は「産めよ増やせよ」と生物に命令しているので、人間以外の生物はみんな子孫を残すために一生懸命なんですが、人間だけは遺伝子の「産めよ増やせよ」の命令に従わずに、種の存続よりも個の自由のほうが大事だということに気がついた唯一の生物なんです。

林:それ、素晴らしい言葉だと思います。いま「多様性」ということがさかんに言われてますけど、「多様性」ということを先生がいちばん早く文章化したんじゃないかと思います。

福岡:種のために奉仕するのが「子どもをつくる」ということですが、そこからはずれても個は自由でいられる。それが人間としての価値なんで、そこに基本的人権の根拠もあるわけですね。「生産性がないカップルはダメだ」と言った政治家がいますけど、そんなことはなくて、個が大事なんです。結婚しなくても子どもをつくらなくてもいい。それは罪でも罪悪でもないわけです。

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