ヨコオさんは、コロナは人間と同じく生物だと断言なさいます。しかもコロナの武器は感染という透明なもので、人間は、その実態を把握することが出来ないとか。

 今からおよそ百年前、つまり私の生まれた頃、スペイン風邪という疫病が世界中にのさばって、地球の国々の人間は、バタバタと、この疫病に殺されました。

 生まれたばかりの赤ん坊の私が四、五歳になった頃、スペイン風邪で「いいなづけ」を殺されたお姉さんがうちへよく来て泣いていたのを覚えています。「いいなづけ」ああ、何と懐かしい言葉でしょう。

 それにしてもコロナに負けないために、マスクをしたり、手を洗ったりするしか方法がないとは、何と情けないこと。私はマスクを人さまから貰(もら)って三十枚も持っています。それも一枚だって顔に着けたことがありません。生まれつき、顔が小さく、鼻が低いので、どれを着けても、顔の大方がマスクにうずまってしまう。

 外来の客は編集者も、お堂へお参りの方もすっかり見えなくなったので、スタッフはすることがなく、お菓子ばかり作っています。お菓子とお茶を食べすぎ呑みすぎ、私の脚の感覚が鈍り、廊下ですべって転んで顔を打ち、お岩さまの顔に之繞(しんにゅう)をかけたようになり、一カ月ほど入院しましたよ。

 ヨコオさんは、コロナの退陣は、世界中の人が心を合わせて、コロナに向けて「消えてしまえ!」「あっち行け!」という想念エネルギーを送ったら、奇跡が起こるかもしれないとおっしゃいます。もしそれが効くなら、私こそその役を引き受けるべくこの世に送られてきたのかもしれません。

 あなたもはるばる参って下さった岩手県の極北のわが天台寺を想(おも)いおこしてください。あの遠い天台寺の住職として呼ばれて、二十年も通った私は、あそこで「雨よ止(や)めっ! エイッ!!」と叫ぶと、ああら不思議、雨が止むという秘術を観音様に頂きました。あの術で「エイッ! コロナ死ねっ!」とやってみましょうか。

 ああ残念、数え百歳の私は、もう遠い天台寺へ行く体力が失われました。ああ!

週刊朝日  2021年2月19日号