「安野さん、ただのリンゴよりも、絵に描いたリンゴのほうがなぜいいんでしょう」

 絵とは何か。根源的に問いかける哲学的な問題で、大作家と画伯のストレートな勝負の場面でもある。わくわくして答えを待っていた司馬さんだが、安野さんはあっさりいった。

「リンゴかあ。気づかなかったなあ。なぜだろう」

 きっと安野さんは答えを持っていたに違いないが、シャイで答えなかったのだと思う。

 安野さんはいっていた。

「『街道をゆく』って名言だらけで、付箋(ふせん)だらけになっちゃう。いろいろ聞きたいこともあるね」

 安野さん、天国で司馬さんにいろいろ質問してください。どうして絵のリンゴがいいのか、今度は照れずに話してあげてください。

週刊朝日  2021年2月19日号