「2メートルのバトンを持ちながら走るなんて、危険極まりない。マスコミに振り回されて、学校は児童の安全を守るという本来の趣旨が置き去りになっているのではないか」

 親心から来る「正義」の声も、時に教師らを苦しめる。3月、文科省が修学旅行を「中止ではなく延期に」と全国の小中高校に要請した。報道に勢いを得て、教育熱心な父母らが集まる地域では、「卒業後に行けばいい」という声が上がった。別の公立小学校教師は「とんでもない」と語気を荒らげる。

「今の6年生の担任は、来年には新しいクラスを受け持つ。その授業を放り出して修学旅行の引率に行けというのか。そもそも、卒業した元教え子に指示をする権限などないんです」

 重なる疲労とストレスは確実に体をむしばむ。中高と違い小学校は担任が国語、算数から体育、音楽まで全教科を受け持つため、準備も大変。一日中授業があり、病院に行く時間もない。

■妊娠報告したら「異動してくれ」

 関東地方のある公立小学校では、こんなことがあった。仕事熱心と評判のベテラン男性教員が、「手がしびれる」とボソリとつぶやいた。同僚が病院の受診を勧めても、「授業に穴を開けられない」と頑なに拒む。保健室の先生が付き添って強引に受診させると、脳梗塞と診断された。即入院で、一命を取り留めた。

「教師を支える会」代表で臨床心理士の諸富祥彦・明治大学教授は、教育現場の“ブラック”な実態についてこう話す。

「いまの教師は夏休みもなく研修に追われている。日本の教師の労働時間はOECD加盟国中でも長く、残業時間は優に月95時間以上。残業代も出ない公立小学校教師の初任給は時給にすると700円に満たないという説もあります」

 そこにコロナ禍が加わった。雑務や残業が激増して夜まで仕事漬け。休校中の遅れを取り戻すために学校は土曜授業を増やし、教師の休みはさらに減った。取材した教師たちはこう口をそろえる。

「コロナで疲れ果て、うつっぽい人が周囲に増えた。自分でも『うつかな』と思うことがあるが、病院に行く時間はない。1回の受診はできても、定期的に通院して治療を受けるなんて不可能です」

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