安田:困っている国民に対して、国が手を差し伸べることは決してない。けれど、絆という言葉を使い、ある種の物語性を付与することで、福祉を含むさまざまな社会保障や制度をカバーしようという思惑があるのでしょう。

鴻上:一国の首相が、自助という言葉遣いをすることへの違和感は僕も抱いています。震災や事故が発生した際、海外では体育館の中に簡易テントを並べたり、現地のホテルに住民を住まわせたりするといった対応を取っています。行政が全面的に補助を行っています。

 一方、日本では自分で体育館にタオルを持ってきてくださいといった自助や、避難所にいる皆がおにぎりを分け合いましょうというような共助の指示が圧倒的に多い。

 先日、愛媛県宇和島市が新型コロナ感染症対策として、高齢者や妊婦がホテルや旅館に避難した場合、5600円を上限に補助金を出すと発表しました。れっきとした公助ですが、ニュースを見ていたら住民の方が「こんなところで寝るなんて申し訳ない」といったコメントをしていた。なんとも日本人らしい反応だと思いました。

安田:もう一つ、「出る杭は打たれる」という言葉があるように、突出した存在に世間が向ける反発心の強さも周知されていいでしょう。最近で言えば、テニス選手の大坂なおみさんに対して起こったバッシングがそうです。彼女は日頃から人種差別に対する抗議の意思を明確にしていて、全米オープンでは白人の暴力によって亡くなった黒人犠牲者の名前が刻まれたマスクを着用しました。その姿が報道されると、ネット上では「あれは日本人の感覚ではない」という批判や中傷が相次ぎました。

鴻上:黒人差別に対して堂々と反対の意思を表明する大坂さんは、(大坂さんを)批判する人々からすると、いわばリベラルの旗印のように映ったんだと思います。その反発心が、いわば凶暴化した同調圧力として表れた。けれど、同調圧力は本来、思想の右左で明確に分けられるようなものでもありません。思想信条にかかわらず、日本社会で生きている誰一人として、その空気からは逃れられないということに気づいてほしい。

(構成/本誌・松岡瑛理)

週刊朝日  2020年10月30日号より抜粋