「委託費の弾力運用によって人件費を流用できる抜け穴を作っていることに、根本的な問題があります。国として各保育園の財務状況や給与の情報を開示させ、『保育は儲かる』と目をつけた悪徳業者の参入を許す構造を検証する必要がある。委託費は公費。コロナ禍を機に弾力運用にメスを入れ、規制を強化すべきです」

 冒頭で紹介した恵子さんは、「税金で賄われるはずの人件費や玩具代を切り詰めた分は、どこに消えているのか」と強い疑問を抱き、まさに半沢直樹の「倍返し」さながら、闘う覚悟を決めた。

 恵子さんは個人加盟できる労働組合「介護・保育ユニオン」に加入。6月8日、全パート社員の休業補償の満額支給と、園長職の解任撤回を求めた「組合加入通知書及び団体交渉申入書」を社長に提出した。労働組合法に基づき、団体交渉が申し入れられた経営者は、労働者との対話を正当な理由なく拒否できなくなる。

 園長として保育現場に戻れない恵子さんはストライキを行い本社への出勤を拒んだ。一方、ユニオンでできた仲間とともに本社前でビラをまく街宣活動にも挑戦した。

 このころ、恵子さんには追い風が吹いていた。コロナ下の不当な給与カットが国会でも度々、取り上げられたのだ。前出の田村議員は6月4日の参議院内閣委員会で、さいたま市内の事業者を名指しし、「4、5月の休業中の給与が6割になったと保育士から相談を受けた市役所が会社に事情聴取すると、会社側は差額の4割を出勤した者に上乗せしたと説明したが、実際には出勤した者にも割増賃金は支払われていなかった」と問題視した。

 報道や国会での指摘を受け、6月17日、内閣府、厚生労働省、文部科学省が連名で通知を出し、「運営費を通常どおり支給しているため人件費も通常どおり支給すること」とあらためて強調した。

 そのうえ、「休業補償に未払いがあれば遡って支給すること」「正規、非正規雇用にかかわらず、給与を通常どおり払うこと」「休業補償は労働基準法上の6割にとどめないこと」「年次有給休暇を強要しないこと」などを事業者に強く迫る異例の内容となり、違反がないか自治体に監査するよう踏み込んだ。お金を出し渋る事業者への切り札として、保育業界では「6・17通知」とも呼ばれる。

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